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シナリオベース検証

起こりうる状況を場面として列挙し、1つずつ試験する。列挙し切れたことをどう示すかは決着していない。

一言でいうと

起こりうる状況を場面として列挙し、1つずつ試験する考え方である。

実際に走って確かめる方法だけでは、めったに起きない危険な場面に十分な回数出会えない。ただし、何を列挙し切れたのかを示すのが難しい

何を解決するために生まれたか

走行距離だけで安全を示すのは現実的でない。人間より20%改善したことを統計的に示すには110億マイルが必要だという試算がある。100台が時速25マイルで24時間走っても約500年かかる。

加えて、危険な場面は実路で意図的に作れない。子どもの飛び出しを再現するわけにはいかない。

そこで、距離ではなく場面で考える。起こりうる状況を列挙し、それぞれを試験する。これがこの手法の出発点である。

仕組み

機能シナリオ、論理シナリオ、具体シナリオを上から順に並べ、それぞれの例を右側に示した3層の構造図機能シナリオことばで書いた状況「交差点で対向車が右折してくる」論理シナリオパラメータの範囲で書く対向車の速度は20〜40km/h、距離は10〜60m具体シナリオ値を決めて実行できる形にする対向車の速度は32km/h、距離は24m下へ行くほど具体的になり、機械が実行できる形に近づく。列挙し切れたことをどう示すかは、決着していない。
図:シナリオの3層。ことばの記述から、パラメータの範囲、そして実行可能な具体値へと詳細化する。PEGASUSプロジェクトに由来する整理である。

3層の抽象度モデルは、ドイツの共同研究プロジェクトに由来する。査読誌のサーベイが、この3層を整理して次のように記述している。

"The level of detail and the machine readability increases, beginning with a verbal description of the functional scenarios, continuing to the logical scenarios defined by parameter ranges..."

Riedmaier ほか, IEEE Access 8:87456–87473, 2020。原文のまま引用。

同プロジェクトはさらに6層のモデルを用いる。道路網の記述、道路の設計要素、工事などの一時的な変更、交通参加者の相互作用、環境条件、そしてデジタル情報である。ただし3番目と6番目は、プロジェクト内で完全には実装されていないと公式サイトが記載している。

規格としては ISO 34501〜34505 のシリーズがある。

表:ISO 34501〜34505 シリーズ。番号・発行年・扱う範囲。
番号扱う範囲発行
ISO 34501試験シナリオ関連の用語の定義2022年10月
ISO 34502シナリオベースの安全性評価の枠組み。適用範囲は限定アクセス高速道路。誤用・HMI・サイバーセキュリティは除外2022年11月
ISO 34503ODDのタクソノミと記述フォーマット2023年8月
ISO 34504シナリオにタグを付与して分類する手法2024年2月
ISO 34505シナリオ特性の評価、テストケースの生成と評価2025年6月

ISO 34504 は3層の抽象度階層を定義していない

同規格の本文には "This document does not provide a hierarchical structure for the scenarios." と明記されている。機能・論理・具体の3層は、上記の共同研究プロジェクトと関連する査読論文に由来する。この規格が定めたものではない。

できること/できないこと

できること

  • めったに起きない危険な場面を、意図的に試験する
  • 実路では倫理的にも法的にも試験できない場面を扱う
  • パラメータの範囲を変えて、境界付近の挙動を系統的に調べる
  • 試験の実行結果を、指定したシナリオと突き合わせて追跡する

できないこと

  • 列挙し切れたことを証明すること
  • カバレッジの数値を、指標をまたいで比較すること
  • 市街地の運用に、そのまま国際規格の枠組みを適用すること(ISO 34502 の適用範囲は限定アクセス高速道路)
  • 「未知の未知」に対して原理的な保証を与えること

トレードオフ

この手法は、距離では到達できない検証を可能にする代わりに、列挙の網羅性という新しい問題を引き受ける

査読サーベイは、この点を明確に述べている。「シナリオベースの手法をもってしても、有限のシナリオ集合にどう分解するかという問いは未回答のままである」という趣旨の指摘である。どれが代表的かをどう見つけるかも、同様に残された問いとされている。

実際に使われている例

カバレッジを定量化する研究は行われている。ある研究(2024年)は、2軸の指標を提案している。シナリオ集合がODDをどれだけ覆うか、そして走行データに含まれる要素をどれだけ捉えているかである。20万件超のシナリオで検証されている。

ただし著者自身が、走行データとシナリオの完全性の定量化は未解決で今後の研究課題であると明記している

「シナリオを列挙し切れたことをどう示すか」は決着していない

3つの立場がある。

表:完全性をどう示すかについての3つの立場と、それぞれの弱点。
立場主張弱点
データ駆動十分な量の実走行データを集めると、新規シナリオの出現率が飽和する。その飽和曲線を証拠とするデータに現れないものを扱えない
知識駆動ODDの属性を体系的に分解し、組み合わせを網羅することで演繹的に導出する分解の粒度と属性の選び方が人の想定に依存する
論証完全性の証明は原理的に不可能であることを認め、「なぜこの集合で十分と考えるか」を明示的な論証として提示し、それを審査対象にする論証の妥当性が査読者の判断に依存する

共通の弱点として、いずれの立場も「未知の未知」に対する原理的な保証を与えない。

「カバレッジ95%」という数字は、指標の定義を見ないと判断できない

パラメータ空間のカバレッジ、ODD属性のカバレッジ、シナリオデータベースのカバレッジ、コードのカバレッジ。これらは互いに変換できない

したがって数値を受け取ったら、分母が何かを必ず確認する必要がある。

安全保証の観点

ISO 34502 は、ISO 21448(SOTIF)を補完する位置づけである。リスク要因の同定とハザードシナリオの構造化に具体性を加えるものと規格自身が述べている。

ただし適用範囲が限定アクセス高速道路に限られている点は重要である。ロボタクシーのような市街地の運用に直接適用できる国際規格レベルのシナリオ評価の枠組みは、2026年7月時点で確認できなかった。

シミュレーションを使う場合、シミュレータ自体の妥当性という問題が加わる。国連の NATM 文書は、開発者に2つを求めている。同一シナリオでの仮想試験と実世界の性能を比較して、仮想試験の道具の精度を評価すること。そして妥当性確認に用いたシナリオを超える外挿を根拠づけることである。ただしどこまで一致すれば十分かの判定基準は規定していない

査読サーベイも、実世界試験からシミュレーションへの移行が極めて大きな課題であり、モデルの妥当性確認を扱った研究はほとんど存在しないと指摘している。

発注・検討するときの確認点

  1. 「シナリオ集合が十分であることを、どの立場(データの飽和/ODD属性の演繹的網羅/論証)で説明しますか。裏づける定量データを示せますか」

    なぜこれを聞くのか
    3つの立場があり、それぞれ弱点が違う。どれを採っているかで、確認すべき証拠が変わる。
  2. 「「カバレッジ○%」と主張する場合、分母は何ですか。パラメータ空間ですか、ODD属性の組み合わせですか、シナリオデータベースですか」

    なぜこれを聞くのか
    これらは互いに変換できない。分母を確認しないと数値の意味が定まらない。
  3. 「ISO 34502 は限定アクセス高速道路を適用範囲としています。市街地での運用を想定する場合、どの枠組みでシナリオ評価を行っていますか」

    なぜこれを聞くのか
    市街地に直接適用できる国際規格レベルの枠組みは確認できていない。

混同されやすい用語

表:このページで扱った語と、混同されやすい語。詳しい定義は用語集にある。
この語別のこの語違い
機能シナリオ具体シナリオ前者はことばで書いた状況、後者は値を決めて実行できる形。間に論理シナリオがある
カバレッジ完全性カバレッジは実条件をどれだけ定量的に表現しているか、完全性は関連する状況を捉えているか。別の概念である
シミュレーションで検証したシミュレータが妥当である後者は別に示す必要がある。判定基準は規定されていない

出典

一次情報を優先している。「区分」は、その資料が発行機関自身の公表物(一次)か、第三者による索引・複製(ミラー)か、解説(二次)かを示す。リンク切れに備え、発行者・文書名・日付を本文でも残している。

  1. Riedmaier, S. ほか/IEEE Access 8:87456–87473(査読誌)Survey on Scenario-Based Safety Assessment of Automated Vehicles(機能・論理・具体の3層シナリオを整理。シミュレーションのモデル妥当性確認を扱った研究はほとんど存在しないと指摘)2020年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://mediatum.ub.tum.de/doc/1595075/1595075.pdf
  2. PEGASUSプロジェクトThe PEGASUS Method(機能シナリオ・論理シナリオ・具体シナリオの3層と、6層モデル)参照日 2026年7月30日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.pegasusprojekt.de/en/pegasus-method
  3. 国際標準化機構(ISO)ISO 34502:2022 Scenario based safety evaluation framework(適用範囲は限定アクセス高速道路。誤用・HMI・サイバーセキュリティは除外)2022年11月/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/78951.html
  4. 国際標準化機構(ISO)ISO 34503:2023 Road vehicles — Test scenarios for automated driving systems — Specification for operational design domain(ODDのタクソノミと記述フォーマット。景観要素・環境条件・動的要素の3分類)2023年8月/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/78952.html
  5. 国際標準化機構(ISO)ISO 34505:2025 Scenario evaluation and test case generation(実行されたテストケースに基づくカバレッジ、指定シナリオと実行シナリオのトレーサビリティ)2025年6月/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/78954.html
  6. UNECE(国連欧州経済委員会)New Assessment/Test Method for Automated Driving (NATM) Master Document, WP.29-187-08e(ECE/TRANS/WP.29/2022/58)。仮想試験ツールチェーンの精度を実世界との比較で評価すべきと規定し、妥当性確認に用いたシナリオを超える外挿の根拠づけを要求2022年6月/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://unece.org/sites/default/files/2022-05/WP.29-187-08e.pdf
  7. RAND Corporation(Kalra, N. & Paddock, S. M.)/査読版は Transportation Research Part A 94:182–193Driving to Safety: How Many Miles of Driving Would It Take to Demonstrate Autonomous Vehicle Reliability?(RR-1478-RC。人間の死亡事故率と同等を故障ゼロ・95%信頼度で示すには2億7,500万マイル、20%改善の実証には110億マイル)2016年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.rand.org/content/dam/rand/pubs/research_reports/RR1400/RR1478/RAND_RR1478.pdf
  8. Stocco, A. ほか/IEEE Transactions on Software Engineering(査読誌)Mind the Gap! A Study on the Transferability of Virtual vs Physical-world Testing of Autonomous Driving Systems(忠実なデジタルツインを用いてもなお現実ギャップに寄与する重大な欠点が残ると結論)2022年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://arxiv.org/abs/2112.11255
  9. 国際標準化機構(ISO)ISO 21448:2022 Road vehicles — Safety of the intended functionality(SOTIF)2022年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/77490.html
  10. Dosovitskiy, A. ほか/CoRL 2017(査読会議)CARLA: An Open Urban Driving Simulator2017年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://proceedings.mlr.press/v78/dosovitskiy17a.html
  11. Feng, S. ほか/Nature 615:620–627(査読誌)Dense reinforcement learning for safety validation of autonomous vehicles(評価プロセスを1,000〜100,000倍加速できると主張)2023年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.nature.com/articles/s41586-023-05732-2

最終更新日:2026年7月30日。このページの記述は同日時点で確認したものである。

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