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安全規格の地図:どれが何を保証するのか

「国際規格に準拠」は、どの規格の、どの範囲の話なのか。準拠は安全の証明ではない。

一言でいうと

提案書には「国際規格に準拠して開発しています」と書かれる。ここで確認すべきことは3つある。どの規格か。その規格は何を対象としているか。準拠とは誰が何を確認したことか。

規格は守備範囲が分かれている。1つに準拠しても、他の範囲は空いたままである。そしてどの規格も「この車は安全だ」を証明しない。定めているのは開発の進め方である。

何を解決するために生まれたか

もともと自動車の安全規格は、部品が壊れたときの話だった。ブレーキの制御装置が故障しても危険な挙動にならないようにする。これを機能安全という。

ところが自動運転では、何も壊れていないのに危ないという事態が起きる。センサは正常、ソフトウェアも仕様どおり。それでも逆光で標識を読み違える。設計時に想定していなかった状況に遭遇する。故障ではないので、機能安全の枠組みでは扱えない。

さらに機械学習が入ると、別の問題が加わる。仕様書に「こう動く」と書き切れないのである。学習したモデルの振る舞いは、学習データと訓練の結果として決まる。従来の「仕様を書いて、仕様どおりか検証する」という手順が、そのままでは使えない。

規格はこの順に増えてきた。だから守備範囲が分かれている。

仕組み

壊れたときの安全、壊れていないのに危ない場合、AIが相手のとき、全体をどう束ねるかという4つの層を縦に並べ、それぞれに対応する規格の性格を示した構造図壊れたときの安全部品が故障しても危険にしない機能安全壊れていないのに危ない仕様どおり動いても想定外で危険になる意図した機能の安全AIが相手のとき学習したモデルの安全をどう論じるかAIと安全全体をどう束ねるか上の3つを含めてシステム全体を論じる自動運転の安全どれも「開発の進め方」を定める。「この車は安全だ」を証明する規格ではない。
図:規格は守備範囲が分かれている。1つに準拠しても、他の範囲は空いたままである。

主な規格と、その守備範囲

いずれも本文は有償で非公開である。ここに書くのは、発行機関が公表している表題・スコープ・発行日から確認できる範囲に限る。

表:自動運転に関わる主な安全規格と、その位置づけ。2026年7月30日時点で確認できる情報。
規格発行対象種別と注意
ISO 26262第2版 2018年電気・電子システムの機能安全。部品が故障したときに危険な状態にならないこと国際規格。第3版が改訂作業中。fail-operational という語は定義していない
ISO 21448(SOTIF)2022年意図した機能の安全。故障していなくても、性能の限界や想定外の状況で生じる危険国際規格。機能安全とは別枠。両方が要る
ISO/PAS 88002024年AIと安全。機械学習を含むシステムの安全をどう論じるかPAS(公開仕様書)。国際規格ではなく、暫定的な位置づけ
ISO/TS 50832025年自動運転システム全体の安全。上記を含めて束ねるTS(技術仕様書)。国際規格ではない
ANSI/UL 4600第3版自律製品の評価。安全論証(safety case)の作り方米国規格。プロセスではなく論証の中身を問う設計
ISO/SAE 214342021年サイバーセキュリティのエンジニアリング国際規格。安全とは別の軸
ISO 240892023年+改正2024年ソフトウェア更新のエンジニアリング国際規格。運用開始後の更新を扱う
ISO 34502 / 34503 / 345052022 / 2023 / 2025年シナリオベースの評価。枠組み・ODDの記述・テストケース生成国際規格。34502の適用範囲は限定アクセス高速道路
SAE J30162021年4月レベル0〜5の分類と用語の定義分類の文書であり、安全要求ではない
BSI PAS 1883ODDの記述方法の分類体系英国のPAS。国際規格ではない

「規格」と名前がついていても、格が違う

ISO の文書には段階がある。この違いが「国際規格に準拠」という表現の中身を決める。

表:ISO文書の種別と、その意味。
種別意味
IS(国際規格)合意形成の手続を完了した正式な規格。ISO 26262・21448・21434・24089・34502〜34505 がこれにあたる
TS(技術仕様書)将来の国際規格化を視野に入れた暫定文書。合意が国際規格の水準に達していない。ISO/TS 5083 がこれ
PAS(公開仕様書)より早い段階の公開文書。合意の水準はさらに低い。ISO/PAS 8800 がこれ
TR(技術報告書)情報提供が目的で、要求事項を定めない

自動運転の中核にあたる ISO/TS 5083 と ISO/PAS 8800 は、いずれも国際規格ではない。「国際規格に準拠」という表現がこれらを指しているなら、正確ではない。

できること/できないこと

できること

  • 開発の進め方が、業界で合意された手順に沿っていることを示す
  • 何を検討し、何を記録すべきかの枠組みを与える
  • 発注側と開発側の間で、共通の語彙を持つ
  • 第三者が確認するときの土台にする

できないこと

  • 「この車は安全である」ことを証明すること
  • その車が導入予定地で安全に走ることを保証すること
  • 1つの規格で全範囲を覆うこと(守備範囲が分かれている)
  • 認証機関の関与なしに「認証取得済み」と言えること
  • 規格に準拠していれば事故が起きないと言えること

トレードオフ

「準拠」には4つの段階があり、意味がまったく違う

提案書の「準拠」という一語は、次のどれかを指しうる。どれなのかは書いていないと分からない。

  1. 参考にした。規格を読んで設計に反映した。第三者の確認はない
  2. 社内で適合を確認した。自社の判断で満たしていると考えている
  3. 第三者が評価した。外部機関が確認したが、認証書は発行されていない
  4. 認証を取得した。認証機関が発行した認証書がある。番号と発行日と適用範囲が特定できる

1と4では中身がまったく違う。そして提案書で最も多いのは1と2である。確認する方法は単純で、認証書の写しを求めればよい。出せなければ1か2である。

準拠の範囲が、車両全体とは限らない

認証書には適用範囲が書かれている。特定の部品なのか、特定のECUなのか、車両全体なのか。

車載計算機のページで扱ったように、「ASIL D 対応」がSoC全体ではなく内蔵MCUについて述べられている例がある。また「certifiable(認証取得が可能)」と「certified(認証取得済み)」は別の意味である。

規格に準拠しても、安全論証は別に要る

規格は「どう進めるか」を定める。安全論証は「なぜこのシステムは受容可能なほど安全と言えるのか」を、主張・論拠・証拠の形で組み立てたものである。UL 4600 はこの論証の中身を問う設計になっている点で、プロセス規格とは性格が違う。詳しくは安全論証で扱う。

実際に使われている例

法規との関係

規格は原則として任意である。ただし法規が規格を参照する場合、実質的な強制力を持つ。

日本国内では、国土交通省が「自動運転車の安全確保に関するガイドライン」を出している(2018年制定、2025年9月30日に第2版へ改訂)。走行環境条件の設定、安全性保証プロセスの配備、シミュレーション・試験路・実交通環境による総合的な検証などを求めている。ただしガイドラインであり、法的義務ではない。

評価と認証は別のもの

Euro NCAP の Assisted Driving grading は、レベル2の支援システムを対象とする評価である。対象はACCとレーンセンタリング。運転者が常に責任を持つ前提で、支援の質と安全機構を採点する。

自動運転(レベル3以上)の安全性を認証するものではない。「NCAPで高評価」という記述が、自動運転の安全性の根拠として提示されていたら、対象が違う。

確認できなかったこと

各規格の本文は有償・非公開のため、スコープと書誌情報以外は確認できていない。以下は特に注意を要する。

  • ISO/TS 5083 と ISO/PAS 8800 が、fail-operational や縮退運転をどう扱っているか。両規格ともスコープ本文にこれらの語は現れない
  • ISO 26262 第3版の発行時期。改訂作業中であることは確認できたが、時期は特定できない
  • 各規格が相互にどう参照し合っているか。本文を読まなければ分からない
  • 日本国内で、これらの規格の認証を発行している機関の一覧
  • 国土交通省のガイドラインが、上記のISO規格をどの程度参照しているか。本文の全文照合は行っていない

規格の本文が有償であることは、発注側にとって実務上の壁である。「規格に書いてあります」と言われても、発注側は確認できない。だからこそ、認証書という形で外部が確認した証跡を求める意味がある。

安全保証の観点

安全論証の中で規格が果たす役割は、「この手順で作った」という論拠である。結論ではない。

論証の骨格は次のようになる。

  1. 主張:このシステムは、この運用条件で受容可能なほど安全である
  2. 論拠:機能安全は ISO 26262 の手順で、想定外の状況は ISO 21448 の手順で、AIの部分は ISO/PAS 8800 の考え方で扱った
  3. 証拠:各手順の実施記録、試験結果、認証書

規格名は2番目に現れる。1番目ではない。「ISO 26262 に準拠しているので安全です」という説明は、論拠を結論にすり替えている。

守備範囲の空白を見つける

提案書に挙がっている規格を並べて、どの範囲が空いているかを見る。

  • 機能安全だけ挙がっている → 想定外の状況(SOTIF)が空いている
  • 機能安全とSOTIFだけ → AIの部分が空いている
  • 安全の規格だけ → サイバーセキュリティとソフトウェア更新が空いている
  • 検証の規格が挙がっていない → 何をもって十分としたかが空いている

空白があること自体は問題ではない。空白を認識していないことが問題である。

発注・検討するときの確認点

  1. 「準拠していると言われる規格を、すべて名前と版で挙げてください。それぞれ「参考にした」「社内で確認した」「第三者が評価した」「認証を取得した」のどれですか」

    なぜこれを聞くのか
    規格名・版・段階の3つが揃うのが正常である。「国際規格に準拠」という総称で済ませる回答は、中身を示していない。また ISO/TS 5083 と ISO/PAS 8800 は国際規格ではなく技術仕様書・公開仕様書である。これらを「国際規格」と呼んでいる場合、正確さに注意が要る。
  2. 「認証を取得しているものについて、認証機関名・認証書番号・発行日・適用範囲を書面で提出してください」

    なぜこれを聞くのか
    4項目すべてが出てくるのが正常である。適用範囲が最も重要で、車両全体なのか特定のECUだけなのかで意味がまったく違う。「certifiable(取得可能)」と「certified(取得済み)」の区別も確認する。提出できない場合、それは認証ではない。
  3. 「機能安全(ISO 26262)以外に、想定外の状況(ISO 21448)とAI(ISO/PAS 8800)をどう扱っていますか」

    なぜこれを聞くのか
    3つの守備範囲それぞれについて説明が出てくるのが正常である。機能安全だけを挙げている場合、「壊れていないのに危ない」場面が枠組みの外にある。自動運転で問題になるのはむしろこちらである。
  4. 「サイバーセキュリティ(ISO/SAE 21434)とソフトウェア更新(ISO 24089)はどう扱っていますか」

    なぜこれを聞くのか
    安全の規格だけを挙げて、この2つに触れない提案書は多い。運用開始後にソフトウェアを更新するなら、更新のたびに安全の主張が変わる。誰がどう確認して更新するのかを、契約前に決めておく。
  5. 「規格に準拠していることと、この車が導入予定地で安全に走ることは、どうつながりますか」

    なぜこれを聞くのか
    安全論証の形で説明できるのが正常である。「規格に準拠しているので安全です」と答えた場合、論拠を結論にすり替えている。規格は開発の進め方を定めるもので、特定の場所での安全を保証しない。導入地固有の条件をどう扱ったかが説明できるかを見る。

混同されやすい用語

表:このページで扱った語と、混同されやすい語。詳しい定義は用語集にある。
この語別のこの語違い
IS(国際規格)TS・PASISは合意形成の手続を完了した正式な規格。TSとPASは暫定的な文書で、合意の水準が異なる。ISO/TS 5083 と ISO/PAS 8800 は国際規格ではない
ISO 26262(機能安全)ISO 21448(SOTIF)前者は部品が故障したときの安全。後者は故障していないのに生じる危険。守備範囲が違い、両方が要る
規格に準拠認証を取得前者は自己申告でありうる。後者は第三者機関が確認し認証書を発行した事実。認証書の番号・発行日・適用範囲で確認する
certifiablecertified前者は「認証を取得できる設計になっている」という主張。後者は取得済みという事実。英語表記のまま提案書に載ることがある
規格への準拠安全論証前者は開発の進め方が手順に沿っていること。後者は「なぜ安全と言えるのか」を主張・論拠・証拠で組み立てたもの。前者は後者の一部にすぎない
Euro NCAP の評価自動運転の安全認証前者はレベル2の運転支援を対象とする評価で、運転者が責任を持つ前提。レベル3以上の自動運転を認証するものではない

出典

一次情報を優先している。「区分」は、その資料が発行機関自身の公表物(一次)か、第三者による索引・複製(ミラー)か、解説(二次)かを示す。リンク切れに備え、発行者・文書名・日付を本文でも残している。

  1. 国際標準化機構(ISO)ISO 26262-1:2018 Road vehicles — Functional safety(第2版。第3版が改訂作業中)2018年12月17日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/68383.html
  2. 国際標準化機構(ISO)ISO 26262-1:2018 Road vehicles — Functional safety — Part 1: Vocabulary(第2版・33頁。safe state/emergency operation/degradation を定義する。2024年7月8日に改訂対象と決定)発行 2018年12月/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/68383.html
  3. 国際標準化機構(ISO)ISO 26262-9:2018 Road vehicles — Functional safety — Part 9: ASIL-oriented and safety-oriented analyses発行 2018年12月(第2版)/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/68391.html
  4. 国際標準化機構(ISO)ISO 21448:2022 Road vehicles — Safety of the intended functionality(SOTIF)2022年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/77490.html
  5. 国際標準化機構(ISO)ISO/PAS 8800:2024 Road vehicles — Safety and artificial intelligence(車両内AI要素の出力の不十分性を扱う。PAS=公開仕様書であり完全な国際規格ではない)2024年12月13日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/83303.html
  6. 国際標準化機構(ISO)ISO/TS 5083:2025 Road vehicles — Safety for automated driving systems2025年(月日は確認できていない)/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/81920.html
  7. UL Standards & EngagementANSI/UL 4600 Standard for Evaluation of Autonomous Products, Edition 32023年3月17日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.shopulstandards.com/ProductDetail.aspx?productId=UL4600_3_S_20230317
  8. 国際標準化機構(ISO)ISO/SAE 21434:2021 Road vehicles — Cybersecurity engineering(2026年7月15日から系統的レビュー中)2021年8月31日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/70918.html
  9. 国際標準化機構(ISO)ISO 24089:2023 + Amd 1:2024 Road vehicles — Software update engineering本体 2023年2月8日/追補1 2024年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/77796.html
  10. 国際標準化機構(ISO)ISO 34502:2022 Scenario based safety evaluation framework(適用範囲は限定アクセス高速道路。誤用・HMI・サイバーセキュリティは除外)2022年11月/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/78951.html
  11. 国際標準化機構(ISO)ISO 34503:2023 Road vehicles — Test scenarios for automated driving systems — Specification for operational design domain(ODDのタクソノミと記述フォーマット。景観要素・環境条件・動的要素の3分類)2023年8月/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/78952.html
  12. 国際標準化機構(ISO)ISO 34505:2025 Scenario evaluation and test case generation(実行されたテストケースに基づくカバレッジ、指定シナリオと実行シナリオのトレーサビリティ)2025年6月/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/78954.html
  13. SAE InternationalJ3016_202104 Taxonomy and Definitions for Terms Related to Driving Automation Systems for On-Road Motor Vehicles(推奨実施要領。レベルは記述的・情報提供的であり規範的ではないと記載。各要素は最大能力ではなく最小能力を示す)2021年4月30日(初版2014年1月)/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://saemobilus.sae.org/standards/j3016_202104-taxonomy-definitions-terms-related-driving-automation-systems-road-motor-vehicles
  14. BSI(英国規格協会)PAS 1883 Operational design domain (ODD) taxonomy for an automated driving system(2020年版はISO 34503に先行。2025年版はISO 34503の実装ガイドへ役割を変更)2020年8月31日/2025年版あり/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://knowledge.bsigroup.com/products/operational-design-domain-odd-taxonomy-for-an-automated-driving-system-ads-specification
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  19. Euro NCAPAssisted Driving gradings(評価対象はACCとレーンセンタリングによるレベル2支援システムであり、運転者は常に責任を持ち関与し続ける必要があると明記)参照日 2026年7月30日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.euroncap.com/en/ratings-rewards/assisted-driving-gradings/
  20. 国土交通省物流・自動車局自動運転車の安全確保に関するガイドライン 第2版(走行環境条件の設定、安全性保証プロセスの配備、シミュレーション・試験路・実交通環境による総合的確認)令和7年9月30日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001912973.pdf
  21. 国土交通省自動車局自動運転車の安全技術ガイドライン(ミニマル・リスク・マヌーバーの設定、無人自動運転移動サービスにおける車室内監視カメラと音声通信設備、非常停止時の運行管理センターへの自動通報)平成30年9月/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.mlit.go.jp/common/001253665.pdf

最終更新日:2026年7月30日。このページの記述は同日時点で確認したものである。

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