一言でいうと
提案書には「国際規格に準拠して開発しています」と書かれる。ここで確認すべきことは3つある。どの規格か。その規格は何を対象としているか。準拠とは誰が何を確認したことか。
規格は守備範囲が分かれている。1つに準拠しても、他の範囲は空いたままである。そしてどの規格も「この車は安全だ」を証明しない。定めているのは開発の進め方である。
何を解決するために生まれたか
もともと自動車の安全規格は、部品が壊れたときの話だった。ブレーキの制御装置が故障しても危険な挙動にならないようにする。これを機能安全という。
ところが自動運転では、何も壊れていないのに危ないという事態が起きる。センサは正常、ソフトウェアも仕様どおり。それでも逆光で標識を読み違える。設計時に想定していなかった状況に遭遇する。故障ではないので、機能安全の枠組みでは扱えない。
さらに機械学習が入ると、別の問題が加わる。仕様書に「こう動く」と書き切れないのである。学習したモデルの振る舞いは、学習データと訓練の結果として決まる。従来の「仕様を書いて、仕様どおりか検証する」という手順が、そのままでは使えない。
規格はこの順に増えてきた。だから守備範囲が分かれている。
仕組み
主な規格と、その守備範囲
いずれも本文は有償で非公開である。ここに書くのは、発行機関が公表している表題・スコープ・発行日から確認できる範囲に限る。
| 規格 | 発行 | 対象 | 種別と注意 |
|---|---|---|---|
| ISO 26262 | 第2版 2018年 | 電気・電子システムの機能安全。部品が故障したときに危険な状態にならないこと | 国際規格。第3版が改訂作業中。fail-operational という語は定義していない |
| ISO 21448(SOTIF) | 2022年 | 意図した機能の安全。故障していなくても、性能の限界や想定外の状況で生じる危険 | 国際規格。機能安全とは別枠。両方が要る |
| ISO/PAS 8800 | 2024年 | AIと安全。機械学習を含むシステムの安全をどう論じるか | PAS(公開仕様書)。国際規格ではなく、暫定的な位置づけ |
| ISO/TS 5083 | 2025年 | 自動運転システム全体の安全。上記を含めて束ねる | TS(技術仕様書)。国際規格ではない |
| ANSI/UL 4600 | 第3版 | 自律製品の評価。安全論証(safety case)の作り方 | 米国規格。プロセスではなく論証の中身を問う設計 |
| ISO/SAE 21434 | 2021年 | サイバーセキュリティのエンジニアリング | 国際規格。安全とは別の軸 |
| ISO 24089 | 2023年+改正2024年 | ソフトウェア更新のエンジニアリング | 国際規格。運用開始後の更新を扱う |
| ISO 34502 / 34503 / 34505 | 2022 / 2023 / 2025年 | シナリオベースの評価。枠組み・ODDの記述・テストケース生成 | 国際規格。34502の適用範囲は限定アクセス高速道路 |
| SAE J3016 | 2021年4月 | レベル0〜5の分類と用語の定義 | 分類の文書であり、安全要求ではない |
| BSI PAS 1883 | — | ODDの記述方法の分類体系 | 英国のPAS。国際規格ではない |
「規格」と名前がついていても、格が違う
ISO の文書には段階がある。この違いが「国際規格に準拠」という表現の中身を決める。
| 種別 | 意味 |
|---|---|
| IS(国際規格) | 合意形成の手続を完了した正式な規格。ISO 26262・21448・21434・24089・34502〜34505 がこれにあたる |
| TS(技術仕様書) | 将来の国際規格化を視野に入れた暫定文書。合意が国際規格の水準に達していない。ISO/TS 5083 がこれ |
| PAS(公開仕様書) | より早い段階の公開文書。合意の水準はさらに低い。ISO/PAS 8800 がこれ |
| TR(技術報告書) | 情報提供が目的で、要求事項を定めない |
自動運転の中核にあたる ISO/TS 5083 と ISO/PAS 8800 は、いずれも国際規格ではない。「国際規格に準拠」という表現がこれらを指しているなら、正確ではない。
できること/できないこと
できること
- 開発の進め方が、業界で合意された手順に沿っていることを示す
- 何を検討し、何を記録すべきかの枠組みを与える
- 発注側と開発側の間で、共通の語彙を持つ
- 第三者が確認するときの土台にする
できないこと
- 「この車は安全である」ことを証明すること
- その車が導入予定地で安全に走ることを保証すること
- 1つの規格で全範囲を覆うこと(守備範囲が分かれている)
- 認証機関の関与なしに「認証取得済み」と言えること
- 規格に準拠していれば事故が起きないと言えること
トレードオフ
「準拠」には4つの段階があり、意味がまったく違う
提案書の「準拠」という一語は、次のどれかを指しうる。どれなのかは書いていないと分からない。
- 参考にした。規格を読んで設計に反映した。第三者の確認はない
- 社内で適合を確認した。自社の判断で満たしていると考えている
- 第三者が評価した。外部機関が確認したが、認証書は発行されていない
- 認証を取得した。認証機関が発行した認証書がある。番号と発行日と適用範囲が特定できる
1と4では中身がまったく違う。そして提案書で最も多いのは1と2である。確認する方法は単純で、認証書の写しを求めればよい。出せなければ1か2である。
準拠の範囲が、車両全体とは限らない
認証書には適用範囲が書かれている。特定の部品なのか、特定のECUなのか、車両全体なのか。
車載計算機のページで扱ったように、「ASIL D 対応」がSoC全体ではなく内蔵MCUについて述べられている例がある。また「certifiable(認証取得が可能)」と「certified(認証取得済み)」は別の意味である。
規格に準拠しても、安全論証は別に要る
規格は「どう進めるか」を定める。安全論証は「なぜこのシステムは受容可能なほど安全と言えるのか」を、主張・論拠・証拠の形で組み立てたものである。UL 4600 はこの論証の中身を問う設計になっている点で、プロセス規格とは性格が違う。詳しくは安全論証で扱う。
実際に使われている例
法規との関係
規格は原則として任意である。ただし法規が規格を参照する場合、実質的な強制力を持つ。
- 国連規則第157号(ALKS):1958年協定に基づく協定規則。締約国では型式認証の要件になる。発効は2021年1月22日
- 国連規則第175号:寄託者通告により発効日が2025年に特定されている
- UNECE NATM:自動運転の新しい評価・試験手法の枠組み文書。シナリオベース試験・実路試験・監査などを組み合わせる考え方を示す
日本国内では、国土交通省が「自動運転車の安全確保に関するガイドライン」を出している(2018年制定、2025年9月30日に第2版へ改訂)。走行環境条件の設定、安全性保証プロセスの配備、シミュレーション・試験路・実交通環境による総合的な検証などを求めている。ただしガイドラインであり、法的義務ではない。
評価と認証は別のもの
Euro NCAP の Assisted Driving grading は、レベル2の支援システムを対象とする評価である。対象はACCとレーンセンタリング。運転者が常に責任を持つ前提で、支援の質と安全機構を採点する。
自動運転(レベル3以上)の安全性を認証するものではない。「NCAPで高評価」という記述が、自動運転の安全性の根拠として提示されていたら、対象が違う。
確認できなかったこと
各規格の本文は有償・非公開のため、スコープと書誌情報以外は確認できていない。以下は特に注意を要する。
- ISO/TS 5083 と ISO/PAS 8800 が、fail-operational や縮退運転をどう扱っているか。両規格ともスコープ本文にこれらの語は現れない
- ISO 26262 第3版の発行時期。改訂作業中であることは確認できたが、時期は特定できない
- 各規格が相互にどう参照し合っているか。本文を読まなければ分からない
- 日本国内で、これらの規格の認証を発行している機関の一覧
- 国土交通省のガイドラインが、上記のISO規格をどの程度参照しているか。本文の全文照合は行っていない
規格の本文が有償であることは、発注側にとって実務上の壁である。「規格に書いてあります」と言われても、発注側は確認できない。だからこそ、認証書という形で外部が確認した証跡を求める意味がある。
安全保証の観点
安全論証の中で規格が果たす役割は、「この手順で作った」という論拠である。結論ではない。
論証の骨格は次のようになる。
- 主張:このシステムは、この運用条件で受容可能なほど安全である
- 論拠:機能安全は ISO 26262 の手順で、想定外の状況は ISO 21448 の手順で、AIの部分は ISO/PAS 8800 の考え方で扱った
- 証拠:各手順の実施記録、試験結果、認証書
規格名は2番目に現れる。1番目ではない。「ISO 26262 に準拠しているので安全です」という説明は、論拠を結論にすり替えている。
守備範囲の空白を見つける
提案書に挙がっている規格を並べて、どの範囲が空いているかを見る。
- 機能安全だけ挙がっている → 想定外の状況(SOTIF)が空いている
- 機能安全とSOTIFだけ → AIの部分が空いている
- 安全の規格だけ → サイバーセキュリティとソフトウェア更新が空いている
- 検証の規格が挙がっていない → 何をもって十分としたかが空いている
空白があること自体は問題ではない。空白を認識していないことが問題である。
発注・検討するときの確認点
「準拠していると言われる規格を、すべて名前と版で挙げてください。それぞれ「参考にした」「社内で確認した」「第三者が評価した」「認証を取得した」のどれですか」
- なぜこれを聞くのか
- 規格名・版・段階の3つが揃うのが正常である。「国際規格に準拠」という総称で済ませる回答は、中身を示していない。また ISO/TS 5083 と ISO/PAS 8800 は国際規格ではなく技術仕様書・公開仕様書である。これらを「国際規格」と呼んでいる場合、正確さに注意が要る。
「認証を取得しているものについて、認証機関名・認証書番号・発行日・適用範囲を書面で提出してください」
- なぜこれを聞くのか
- 4項目すべてが出てくるのが正常である。適用範囲が最も重要で、車両全体なのか特定のECUだけなのかで意味がまったく違う。「certifiable(取得可能)」と「certified(取得済み)」の区別も確認する。提出できない場合、それは認証ではない。
「機能安全(ISO 26262)以外に、想定外の状況(ISO 21448)とAI(ISO/PAS 8800)をどう扱っていますか」
- なぜこれを聞くのか
- 3つの守備範囲それぞれについて説明が出てくるのが正常である。機能安全だけを挙げている場合、「壊れていないのに危ない」場面が枠組みの外にある。自動運転で問題になるのはむしろこちらである。
「サイバーセキュリティ(ISO/SAE 21434)とソフトウェア更新(ISO 24089)はどう扱っていますか」
- なぜこれを聞くのか
- 安全の規格だけを挙げて、この2つに触れない提案書は多い。運用開始後にソフトウェアを更新するなら、更新のたびに安全の主張が変わる。誰がどう確認して更新するのかを、契約前に決めておく。
「規格に準拠していることと、この車が導入予定地で安全に走ることは、どうつながりますか」
- なぜこれを聞くのか
- 安全論証の形で説明できるのが正常である。「規格に準拠しているので安全です」と答えた場合、論拠を結論にすり替えている。規格は開発の進め方を定めるもので、特定の場所での安全を保証しない。導入地固有の条件をどう扱ったかが説明できるかを見る。
混同されやすい用語
| この語 | 別のこの語 | 違い |
|---|---|---|
| IS(国際規格) | TS・PAS | ISは合意形成の手続を完了した正式な規格。TSとPASは暫定的な文書で、合意の水準が異なる。ISO/TS 5083 と ISO/PAS 8800 は国際規格ではない |
| ISO 26262(機能安全) | ISO 21448(SOTIF) | 前者は部品が故障したときの安全。後者は故障していないのに生じる危険。守備範囲が違い、両方が要る |
| 規格に準拠 | 認証を取得 | 前者は自己申告でありうる。後者は第三者機関が確認し認証書を発行した事実。認証書の番号・発行日・適用範囲で確認する |
| certifiable | certified | 前者は「認証を取得できる設計になっている」という主張。後者は取得済みという事実。英語表記のまま提案書に載ることがある |
| 規格への準拠 | 安全論証 | 前者は開発の進め方が手順に沿っていること。後者は「なぜ安全と言えるのか」を主張・論拠・証拠で組み立てたもの。前者は後者の一部にすぎない |
| Euro NCAP の評価 | 自動運転の安全認証 | 前者はレベル2の運転支援を対象とする評価で、運転者が責任を持つ前提。レベル3以上の自動運転を認証するものではない |
出典
一次情報を優先している。「区分」は、その資料が発行機関自身の公表物(一次)か、第三者による索引・複製(ミラー)か、解説(二次)かを示す。リンク切れに備え、発行者・文書名・日付を本文でも残している。
- 国際標準化機構(ISO)ISO 26262-1:2018 Road vehicles — Functional safety(第2版。第3版が改訂作業中)https://www.iso.org/standard/68383.html
- 国際標準化機構(ISO)ISO 26262-1:2018 Road vehicles — Functional safety — Part 1: Vocabulary(第2版・33頁。safe state/emergency operation/degradation を定義する。2024年7月8日に改訂対象と決定)https://www.iso.org/standard/68383.html
- 国際標準化機構(ISO)ISO 26262-9:2018 Road vehicles — Functional safety — Part 9: ASIL-oriented and safety-oriented analyseshttps://www.iso.org/standard/68391.html
- 国際標準化機構(ISO)ISO 21448:2022 Road vehicles — Safety of the intended functionality(SOTIF)https://www.iso.org/standard/77490.html
- 国際標準化機構(ISO)ISO/PAS 8800:2024 Road vehicles — Safety and artificial intelligence(車両内AI要素の出力の不十分性を扱う。PAS=公開仕様書であり完全な国際規格ではない)https://www.iso.org/standard/83303.html
- 国際標準化機構(ISO)ISO/TS 5083:2025 Road vehicles — Safety for automated driving systemshttps://www.iso.org/standard/81920.html
- UL Standards & EngagementANSI/UL 4600 Standard for Evaluation of Autonomous Products, Edition 3https://www.shopulstandards.com/ProductDetail.aspx?productId=UL4600_3_S_20230317
- 国際標準化機構(ISO)ISO/SAE 21434:2021 Road vehicles — Cybersecurity engineering(2026年7月15日から系統的レビュー中)https://www.iso.org/standard/70918.html
- 国際標準化機構(ISO)ISO 24089:2023 + Amd 1:2024 Road vehicles — Software update engineeringhttps://www.iso.org/standard/77796.html
- 国際標準化機構(ISO)ISO 34502:2022 Scenario based safety evaluation framework(適用範囲は限定アクセス高速道路。誤用・HMI・サイバーセキュリティは除外)https://www.iso.org/standard/78951.html
- 国際標準化機構(ISO)ISO 34503:2023 Road vehicles — Test scenarios for automated driving systems — Specification for operational design domain(ODDのタクソノミと記述フォーマット。景観要素・環境条件・動的要素の3分類)https://www.iso.org/standard/78952.html
- 国際標準化機構(ISO)ISO 34505:2025 Scenario evaluation and test case generation(実行されたテストケースに基づくカバレッジ、指定シナリオと実行シナリオのトレーサビリティ)https://www.iso.org/standard/78954.html
- SAE InternationalJ3016_202104 Taxonomy and Definitions for Terms Related to Driving Automation Systems for On-Road Motor Vehicles(推奨実施要領。レベルは記述的・情報提供的であり規範的ではないと記載。各要素は最大能力ではなく最小能力を示す)https://saemobilus.sae.org/standards/j3016_202104-taxonomy-definitions-terms-related-driving-automation-systems-road-motor-vehicles
- BSI(英国規格協会)PAS 1883 Operational design domain (ODD) taxonomy for an automated driving system(2020年版はISO 34503に先行。2025年版はISO 34503の実装ガイドへ役割を変更)https://knowledge.bsigroup.com/products/operational-design-domain-odd-taxonomy-for-an-automated-driving-system-ads-specification
- Safety-Critical Systems Club(SCSC)Assurance Case Working GroupGoal Structuring Notation Community Standard Version 3(SCSC-141C)。国際規格ではなくコミュニティ標準であるhttps://scsc.uk/r141C:1
- UNECE(国連欧州経済委員会)New Assessment/Test Method for Automated Driving (NATM) Master Document, WP.29-187-08e(ECE/TRANS/WP.29/2022/58)。仮想試験ツールチェーンの精度を実世界との比較で評価すべきと規定し、妥当性確認に用いたシナリオを超える外挿の根拠づけを要求https://unece.org/sites/default/files/2022-05/WP.29-187-08e.pdf
- EUR-Lex(欧州連合官報 L 82/75、文書42021X0389)UN Regulation No. 157(ALKS)。法的正文は ECE/TRANS/WP.29/2020/81https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A42021X0389
- United Nations Treaty CollectionUN Regulation No. 175 の寄託者通告(C.N.358.2025.TREATIES-XI.B.16.175。発効日2025年6月23日を事後に確認する形で2025年7月2日に発行)https://treaties.un.org/doc/Publication/MTDSG/Volume%20I/Chapter%20XI/XI-B-16-175.en.pdf
- Euro NCAPAssisted Driving gradings(評価対象はACCとレーンセンタリングによるレベル2支援システムであり、運転者は常に責任を持ち関与し続ける必要があると明記)https://www.euroncap.com/en/ratings-rewards/assisted-driving-gradings/
- 国土交通省物流・自動車局自動運転車の安全確保に関するガイドライン 第2版(走行環境条件の設定、安全性保証プロセスの配備、シミュレーション・試験路・実交通環境による総合的確認)https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001912973.pdf
- 国土交通省自動車局自動運転車の安全技術ガイドライン(ミニマル・リスク・マヌーバーの設定、無人自動運転移動サービスにおける車室内監視カメラと音声通信設備、非常停止時の運行管理センターへの自動通報)https://www.mlit.go.jp/common/001253665.pdf
最終更新日:2026年7月30日。このページの記述は同日時点で確認したものである。
