一言でいうと
自動運転には必ず「ここまでなら走れる」という条件の範囲がある。その範囲を文書にしたものをODDと呼ぶ。
契約後に「それは範囲外です」と言われないために、発注する側が最初に読むべき考え方である。
何を解決するために生まれたか
自動運転システムは、あらゆる状況で同じように動くわけではない。晴れた日の片側二車線の道は走れても、夜の雨の細い路地は走れない。この「どこまでなら走れるか」を曖昧にしたまま契約すると、後で必ず食い違う。
そこで、走れる条件の範囲を項目ごとに書き出して文書にする。これがODD(運行設計領域)である。SAE J3016 は次のように定義している。
"Operating conditions under which a given driving automation system or feature thereof is specifically designed to function, including, but not limited to, environmental, geographical, and time-of-day restrictions..."
SAE International, J3016_202104, 3.21。原文のまま引用。
ODDに何を書くのか
書く項目は国際規格で整理されている。ISO 34503:2023 は、ODDを記述するためのタクソノミと記述フォーマットを規定している。トップレベルの分類は3つである。
| 分類 | 含まれるもの | 確認の例 |
|---|---|---|
| 景観要素 Scenery elements | ゾーン、走行可能領域、交差点、道路構造物など、空間的に固定された要素 | この経路に信号のない交差点はいくつあるか。踏切はあるか |
| 環境条件 Environmental conditions | 天候、粒子状物質(霧・砂塵等)、照度、通信接続性 | 降雨量は何mm/hまでか。夜間は走れるか。通信が届かない区間はあるか |
| 動的要素 Dynamic elements | 交通参加者、自車 | 自転車の並走を想定しているか。路上駐車があるとどうなるか |
英国の PAS 1883 は ISO 34503 に先行した公開仕様書で、この規格の入力になった。2025年版はISO 34503の実装ガイドへと役割を変えている。
ODDは「範囲を書く文書」であって「大丈夫です」の言い換えではない
粒度の選択が、そのまま安全の主張の強さを決める
「雨天」を1項目で書くのか、降雨強度・路面の水膜・視程に分けて書くのかは、規格が決めていない。
粗く書けば運用できる範囲は広く見えるが、安全の主張は弱くなる。細かく書けば主張は強くなるが、走れる範囲は狭くなる。この選択が文書に現れる。
したがって、ODDの定義書を見るときに確認すべきは「範囲が広いか」ではない。項目が数値で書かれているかである。「市街地・時速20km以下」の2行しかないODDは、実質的に何も定義していない。
ODDの外に出たときが本番である
ODDの外に出ることは異常ではない。必ず起きる。天候は変わり、工事は始まり、路上駐車は現れる。だから設計上の要点は、範囲を決めることよりも、範囲の外に出たときに何が起きるかを決めることにある。
確認すべきことは3つある。
- 何が判定するのか。ODDの外に出たことを、車自身が検知するのか、遠隔監視者が気づくのか。
- 判定してから何をするのか。どこに停止するか。車線内か、路肩か。停止までに何秒・何メートル必要か。
- 停止したあと誰が来るのか。停止した車は道路上の障害物になる。現場に人が来るまでの時間が運行計画の前提になる。
日本の「自動運転車の安全技術ガイドライン」も、システムの継続が困難になったときの対応としてミニマル・リスク・マヌーバーを設定することを求めている。
ODDは運行開始後に変わる
経路を延ばす、時間帯を広げる、冬季の運行を始める。いずれもODDの変更である。
誰がODDを変更でき、誰の承認が必要かを、契約時に決めておく必要がある。決めていないと、気づかないうちに運行条件が変わる。これは質問リストのフェーズ2に入れてある。
できること/できないこと
ODDの定義書があると分かること
- 提案されている経路が、そのシステムの想定内に収まっているか
- どの季節・時間帯に運行を止める必要があるか
- 仕様書に何を書けばよいか
- 住民説明で「どういうときに止まるのか」に答えられるか
ODDの定義書があっても分からないこと
- その範囲内で実際に安全に走れるかどうか。ODDは主張であって証拠ではない
- 範囲の境界付近での挙動。境界の内と外の間には移行帯がある
- 書かれていない項目について、システムがどう振る舞うか
ODDの記述をどこまで機械が読める形にするか
ODDの記述には、いま3つの流れが並存している。ISO 34503 の記述用タクソノミ。ASAM が検討している機械可読フォーマット。そして各国の規制が求める宣言である。なお2番目は2021年10月の概念文書の段階で、規格としては未発行である。
結果として、同じODDを別々の語彙で書き直す作業が発生しうる。ISO 34503 の形式で書いたODDが、シミュレーションの道具や認可の書類にそのまま使えるかは、道具に依存する。この一本化は済んでいない。
発注・検討するときの確認点
「ODDの定義書を見せていただけますか。ISO 34503:2023 の記述フォーマットに準拠していますか」
- なぜこれを聞くのか
- 文書が存在するかどうかで、その後のすべての確認の精度が変わる。準拠していない場合、どの項目が欠けているかを聞く。
- こう答えられたら安心してよい
- 項目ごとに数値または条件が書かれた文書が出てくる。
- これは危険信号
- 「現場を見てから決めます」だけで文書が出てこない。
「ODDの各項目について、境界の数値を示してください。その境界に達したことを何が検知しますか」
- なぜこれを聞くのか
- 境界を検知できなければ、範囲を決めた意味がない。
「ODDの変更は誰がどう承認しますか。私たちの承認は必要ですか」
- なぜこれを聞くのか
- ODDは運行開始後に変わる。変更手順が文書化されていない場合、運行条件が静かに変わる。
混同されやすい用語
| この語 | 意味 | ODDとの違い |
|---|---|---|
| EOC(外部運用条件) | ODDを成立させるために、車の外側で満たされている必要がある条件 | 路面の整備、区画線の見え方、信号の動作など。ODDとは別の文書になる |
| 走行環境条件 | 日本の制度で車両に付与される条件 | ODDが設計上の範囲であるのに対し、こちらは行政が付与する条件である |
| MRC(最小リスク状態) | 運転を継続できなくなったときに到達すべき状態 | ODDの外に出たあとの話である |
出典
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- SAE InternationalJ3016_202104 Taxonomy and Definitions for Terms Related to Driving Automation Systems for On-Road Motor Vehicles(推奨実施要領。レベルは記述的・情報提供的であり規範的ではないと記載。各要素は最大能力ではなく最小能力を示す)https://saemobilus.sae.org/standards/j3016_202104-taxonomy-definitions-terms-related-driving-automation-systems-road-motor-vehicles
- 国際標準化機構(ISO)ISO 34503:2023 Road vehicles — Test scenarios for automated driving systems — Specification for operational design domain(ODDのタクソノミと記述フォーマット。景観要素・環境条件・動的要素の3分類)https://www.iso.org/standard/78952.html
- BSI(英国規格協会)PAS 1883 Operational design domain (ODD) taxonomy for an automated driving system(2020年版はISO 34503に先行。2025年版はISO 34503の実装ガイドへ役割を変更)https://knowledge.bsigroup.com/products/operational-design-domain-odd-taxonomy-for-an-automated-driving-system-ads-specification
- 国土交通省自動車局自動運転車の安全技術ガイドライン(ミニマル・リスク・マヌーバーの設定、無人自動運転移動サービスにおける車室内監視カメラと音声通信設備、非常停止時の運行管理センターへの自動通報)https://www.mlit.go.jp/common/001253665.pdf
- 国土交通省物流・自動車局自動運転車の安全確保に関するガイドライン 第2版(走行環境条件の設定、安全性保証プロセスの配備、シミュレーション・試験路・実交通環境による総合的確認)https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001912973.pdf
- United Nations NewsNew global rules clear the road for driverless vehicles(WP.29 第199回会合での採択。支持した主要市場と主な要求を記載)https://news.un.org/en/story/2026/06/1167797
最終更新日:2026年7月30日。このページの記述は同日時点で確認したものである。
