GREEN TECHNOLOGY. BLUE

雨・雪・霧で何が起きるか

悪条件は事故ではなく「止まる回数」として現れる。日本で問うべきは晴天の性能ではない。

一言でいうと

提案書に載る性能は、ほぼ晴天の値である。しかし日本で自動運転を走らせる土地には、雨が降り、霧が出て、雪が積もる。

悪条件の影響は、多くの場合事故としてではなく「止まる回数」として現れる。設計が正しければ、見えなくなった車は止まるからである。したがって問うべきは「危なくないか」ではなく、「何回止まるか」「どこで止まるか」である。

何を解決するために生まれたか

センサは物理現象を測っている。だから物理が変われば測定も変わる。

LiDARは自ら出したレーザーの戻りを測る。空中に水滴があれば、レーザーはそこで散乱し、戻ってくる。カメラは周囲の光を受ける。明暗差が大きすぎれば階調が失われる。ミリ波レーダーは波長が長く水滴の影響を受けにくいが、細かい形は分からない。

この違いは設計で消せない。消せないからこそ、どの条件でどこまで落ちるかを数字で持っておく必要がある。

もう一つの問題は地図と測位である。雪が積もれば路面標示は見えなくなり、除雪した雪が路肩を埋めれば、地図と現実が食い違う。晴天時に作った地図が、そのまま使えるとは限らない。

仕組み

雨・霧・雪・逆光の4条件について、原因と、センサに何が起きるかを左から右へ並べた構造図。結論として、いずれも停止で安全側に倒せるが、止まる回数と場所が問題になると示している水膜と飛沫レーザーが散る路面標示が消える微小な水滴遠くが見えない近くの反射が増える降雪と積雪降る雪を物体と見る路面標示と路肩が消える逆光・夜明暗差カメラの階調が飛ぶ色と文字が読めないどれも「止まる」で安全側に倒せる。問題は、止まる回数と、止まる場所である。
図:悪条件はセンサの物理に効く。安全側に倒せば止まるため、影響は事故ではなく運行の可否として現れる。

査読論文で測られている劣化

いずれも特定の機種・特定の条件での測定であり、他の機材に一般化できない。数値そのものより、測り方と条件の書き方を見るために挙げる。

表:悪条件下の性能を測った査読研究。条件と対象が異なるため、相互に比較はできない。
研究条件報告されている内容
人工霧・雨のチャンバー試験制御された霧と雨視程の低下に伴うLiDARの検知性能の低下を測定。霧の濃度と検知距離の関係を示す
CVPR 2020 の悪天候融合実路の霧・雨・雪悪天候の種類を分類せず、測定のエントロピーで融合の重みを変える方式を提案。未知の悪条件への一般化を狙う
4Dレーダーのベンチマーク晴天から大雪までみぞれと大雪でLiDARベース手法の低下が大きく、4Dレーダーベース手法の低下が相対的に小さかったと報告

学習した場所と走る場所が違うと落ちる

悪条件とは別に、環境そのものの違いで性能が落ちることが知られている。ドイツで学習した3次元物体検出器を米国で評価した研究は、地域差によって精度が低下することを報告している。車体の大きさの分布のような、気づきにくい差が効く。

これは日本にとって直接の問題である。海外で学習したモデルが、日本の道路・車両・標識でそのまま性能を出す保証はない。「世界で◯万km走っています」という実績が、日本の性能を意味しないのはこのためである。

できること/できないこと

できること

  • 見えなくなったことを検知して、安全側に倒す(多くは停止)
  • 物理原理の違うセンサを併用して、片方が劣化した条件を補う
  • 悪条件の種類を分類せずに、信号の品質から融合の重みを変える設計もある
  • どの条件で止まるかを、あらかじめODDに書いておく

できないこと

  • 雨・雪・霧そのものを克服すること(物理は設計で消せない)
  • 晴天時の性能から悪条件の性能を推定すること
  • 海外での走行実績から、日本での性能を保証すること
  • 積雪で路面標示と路肩が消えた状態で、地図どおりに走ること
  • 「止まる」以外の対処を、設計に書いていないのに実行すること

トレードオフ

安全に倒すほど、走れなくなる

悪条件で最も安全なのは止まることである。ただし止まりすぎれば運行にならない。この2つは同じつまみの両端にある。

ベンダーが「安全です」と言うとき、それは「よく止まります」の言い換えでありうる。逆に「よく走ります」は「止まるべき場面で止まらない」を含みうる。どちらの側に寄せた設計かは、停止の実数を見なければ分からない。

だから確認すべきは性能の高さではなく、実際に走らせたときに何回止まり、それが業務として成立する回数かどうかである。

センサを増やせば解決するわけではない

雨天に強いセンサを足せば弱点は補える。ただし共通の原因で同時に劣化する組み合わせでは効果が薄い。例えばカメラとLiDARは、どちらも空中の水滴と汚れの影響を受ける。レンズやカバーが濡れれば両方が同時に落ちる。

詳しくはセンサフュージョンで扱う。「センサを増やしたので安全です」は、性能向上の話なのか冗長性の話なのかを分けて聞く。

実際に使われている例

国内の実証で記録された停止の実数

国土交通省道路局が公表した実証の集計に、次の数値がある。公表されている数少ない実数である。

積雪そのものではなく、除雪した雪が路肩に積まれて道幅が狭くなることが停止の主因である点に注意する。降雪量ではなく、除雪の運用が効く。

国土技術政策総合研究所の資料も、地方部の課題として除雪した雪・沿道の植栽・路上駐車による停止や手動介入を挙げている。いずれも「天候」ではなく「道路の使われ方」の問題である。

実証が止まった事例

悪条件と直接の因果は公表されていないが、運行が続かなかった記録として挙げる。理由は各主体が公表したものに限る。

技術以外の理由で止まっている例が多い。悪条件対応だけを詰めても運行は続かない。

確認できなかったこと

調べたが一次資料で確認できなかった。推測では書かない。

  • 雨量・視程・積雪深と、停止発生率の関係を示した公表データ。国内・海外とも見つけられなかった。「何ミリの雨で止まるか」に答えられる公開資料は確認できない
  • 国内の実証事業者が公表している、天候別の走行可否の基準値
  • センサの汚れ(泥はね・融雪剤・虫)による性能低下を測定した査読研究。洗浄機構の有効性を示す公開データも確認できなかった
  • 上記4件の中止・中断のうち、悪条件が理由に含まれるかどうか。各主体の公表理由に天候の記載はない
  • 日本の気象条件で学習したモデルと、海外で学習したモデルの性能差を比較した公開研究

この空白そのものが、発注時に埋めるべき項目である。公開されていない以上、契約前に書面で求めなければ分からない。

安全保証の観点

悪条件は、安全論証の中ではODDの境界の問題として現れる。

「雨天でも走行可能」と書かれた仕様書は、それだけでは意味を持たない。必要なのは次の3点である。

  1. どの程度の雨までか。時間雨量か、視程か、何で測るのか
  2. その境界を、車がどうやって知るのか。ワイパーの作動か、センサの信号品質か、外部の気象情報か
  3. 境界を越えたとき何をするのか。その場で止まるのか、路肩まで移動するのか、車庫まで戻るのか

3番目は冗長設計とつながる。歩道に隣接する構内ではその場での停止が最も安全なことが多いが、幹線道路上ではそれが最も危険なことがある。

「悪天候対応済み」の検証方法

提案書のこの一文は、次のどれかを意味しうる。どれなのかは書いていないと分からない。

  • 悪条件を検知して止まる機能がある(=走れるとは言っていない)
  • 悪条件でも一定の性能が出ることを、試験場で確認した
  • 悪条件でも一定の性能が出ることを、実路で確認した
  • 悪条件に強いとされるセンサを積んでいる(=性能は測っていない)

4番目が最も多い。センサの搭載は、性能の測定ではない。

発注・検討するときの確認点

  1. 「導入予定地で、雨天・降雪時に実車で走らせた記録はありますか。何回止まり、そのうち何回が人の介入を要したかを教えてください」

    なぜこれを聞くのか
    実測の回数が出てくるのが正常である。国内の公的資料では、積雪に遭遇した55回のうち41回が幅員の減少により停止したと集計されている。「悪天候にも対応しています」で終わる、試験場のデータしかない、回数を答えられない場合は、実路で測っていない可能性が高い。季節をまたいで測っているかも確認する。
  2. 「走行不可と判断する条件を、数値で定義してください。何で測り、誰が判断しますか」

    なぜこれを聞くのか
    雨量・視程・積雪深などの測り方と、判断の主体(車両の自己判断か、遠隔の監視者か、運行管理者か)が出てくるのが正常である。数値がなく「状況に応じて」としか答えられない場合、運用開始後に現場が判断を迫られる。その判断を誰の責任にするのかを、契約前に決めておく。
  3. 「除雪した雪で道幅が狭くなった場合、この車は通れますか。通れない幅は何メートルですか」

    なぜこれを聞くのか
    国内の実証で停止の主因になっているのは降雪そのものではなく、除雪した雪による幅員の減少である。必要幅の数値が出てくるのが正常である。「除雪されていれば走れます」という回答は、除雪の水準を定義していない。自治体側の除雪計画と突き合わせる必要がある。
  4. 「このシステムは、どの国のどんな道路のデータで学習していますか。日本のデータはどれくらい含まれますか」

    なぜこれを聞くのか
    学習データの地域構成が答えられるのが正常である。査読研究では、ドイツで学習した検出器を米国で評価すると精度が低下することが報告されている。「世界で◯万km走っています」という実績は、日本での性能を意味しない。日本のデータが少ない場合、導入地での追加学習の要否・費用・期間を確認する。
  5. 「センサが汚れたとき(泥はね・融雪剤・虫)どうなりますか。洗浄の仕組みと、汚れを検知する仕組みはありますか」

    なぜこれを聞くのか
    洗浄機構の有無と、汚れの自己診断の有無が答えられるのが正常である。この項目を測定した公開研究を見つけられなかったため、ベンダー側にも実測がない可能性がある。融雪剤を使う地域では特に確認する。日常の清掃を誰がどの頻度で行うかも運用費用に効く。

混同されやすい用語

表:このページで扱った語と、混同されやすい語。詳しい定義は用語集にある。
この語別のこの語違い
悪天候対応悪天候での性能測定前者は「悪条件を検知して安全側に倒す機能がある」ことを指す場合が多い。後者は「その条件で実際にどこまで出るか」を測ったもの。前者は後者を意味しない
降雪積雪前者は降っている雪。センサが空中の雪片を物体と見る問題。後者は積もった雪。路面標示と路肩が消え、除雪により幅員が減る問題。対策も違う
視程雨量霧の濃さは視程(見通せる距離)で表す。雨の強さは時間雨量で表す。センサへの影響の出方が違うため、片方だけの基準では足りない
走行実績(km)悪条件での走行実績総走行距離は、どの条件で走ったかを含まない。晴天ばかり走った距離は、悪条件の根拠にならない
ODDに雨天を含む雨天で同じ性能が出るODDは走ってよい条件の範囲を書いた文書であり、性能が一定であることの保証ではない。範囲内でも性能は変動しうる

出典

一次情報を優先している。「区分」は、その資料が発行機関自身の公表物(一次)か、第三者による索引・複製(ミラー)か、解説(二次)かを示す。リンク切れに備え、発行者・文書名・日付を本文でも残している。

  1. Kutila, M. ほか/IEEE ITSC 2018(査読会議)Automotive LiDAR performance verification in fog and rain(人工霧・雨のチャンバー試験で検知性能の約50%低下を観測)2018年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://cris.vtt.fi/ws/files/33650663/Automotive_LiDAR_performance.pdf
  2. Bijelic, M. ほか/CVPR 2020(査読会議)Seeing Through Fog Without Seeing Fog: Deep Multimodal Sensor Fusion in Unseen Adverse Weather(濃霧でLiDAR単体の検出APが大きく低下。パルス式LiDARは後方散乱により有効距離が20m未満に制限されると記載)2020年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://openaccess.thecvf.com/content_CVPR_2020/papers/Bijelic_Seeing_Through_Fog_Without_Seeing_Fog_Deep_Multimodal_Sensor_Fusion_CVPR_2020_paper.pdf
  3. Paek, D.-H. ほか/NeurIPS 2022 Datasets & Benchmarks(査読会議)K-Radar: 4D Radar Object Detection for Autonomous Driving in Various Weather Conditions(みぞれ・大雪でLiDARベース手法の低下が大きく、4Dレーダーベース手法の低下が相対的に小さい)2022年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://proceedings.neurips.cc/paper_files/paper/2022/file/185fdf627eaae2abab36205dcd19b817-Paper-Datasets_and_Benchmarks.pdf
  4. Wang, Y. ほか/CVPR 2020(査読会議)Train in Germany, Test in the USA: Making 3D Object Detectors Generalize(ドイツで学習した3D物体検出器を米国データで評価すると性能が大きく低下。主因は国ごとの車体サイズの違い)2020年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://openaccess.thecvf.com/content_CVPR_2020/papers/Wang_Train_in_Germany_Test_in_the_USA_Making_3D_Object_CVPR_2020_paper.pdf
  5. 国土交通省道路局道路局における自動運転の取組について(実証の手動介入実数:路上駐車183回中169回が回避困難、積雪55回中41回が幅員減少により停止)2020年12月23日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.chisou.go.jp/tiiki/toshisaisei/mini_symposium/20201223/02_01kokkousyou_kouennsiryou.pdf
  6. 国土技術政策総合研究所地方部の自動運転の実装に向けた課題(方式別の走行速度、除雪した雪・沿道の植栽・路上駐車による停止や手動介入)2019年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.nilim.go.jp/lab/qcg/japanese/3paper/pdf/2019_3.pdf
  7. TOSオンライン自動運転バス推進事業 コスト高などで中止に(大分県佐伯市。既存コミュニティバスと比べ運行コストが高いこと、国の補助金の減額が理由)2025年6月13日/区分:二次/参照日 2026年7月30日https://tosonline.jp/news/20250613/00000010.html
  8. KSB瀬戸内海放送津山市が自動運転バスの実証事業中止へ(理由:あらかじめ学習させたルートを走るシステムであり、技術のアップデートのコストや実施時期のめどが不透明)2026年(報道)/区分:二次/参照日 2026年7月30日https://news.ksb.co.jp/article/16665928
  9. さいたま市さいたま市自動運転バスの実証実験の中断について(法定点検が未実施と判明したため中断)令和7年11月13日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.city.saitama.lg.jp/006/014/008/003/014/008/p125792.html
  10. 東京都交通局都営バスにおける自動運転の実証実験の延期について(同じ自動運転システムを用いた他の実証において事故が発生したことを踏まえ延期)2026年2月28日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.kotsu.metro.tokyo.jp/pickup_information/news/bus/2026/bus_p_2026022812435_h.html
  11. SAE InternationalJ3016_202104 Taxonomy and Definitions for Terms Related to Driving Automation Systems for On-Road Motor Vehicles(推奨実施要領。レベルは記述的・情報提供的であり規範的ではないと記載。各要素は最大能力ではなく最小能力を示す)2021年4月30日(初版2014年1月)/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://saemobilus.sae.org/standards/j3016_202104-taxonomy-definitions-terms-related-driving-automation-systems-road-motor-vehicles
  12. BSI(英国規格協会)PAS 1883 Operational design domain (ODD) taxonomy for an automated driving system(2020年版はISO 34503に先行。2025年版はISO 34503の実装ガイドへ役割を変更)2020年8月31日/2025年版あり/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://knowledge.bsigroup.com/products/operational-design-domain-odd-taxonomy-for-an-automated-driving-system-ads-specification
  13. 国際標準化機構(ISO)ISO 34503:2023 Road vehicles — Test scenarios for automated driving systems — Specification for operational design domain(ODDのタクソノミと記述フォーマット。景観要素・環境条件・動的要素の3分類)2023年8月/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/78952.html

最終更新日:2026年7月30日。このページの記述は同日時点で確認したものである。

関連するページ