このページは印刷して会議に持ち込めるように組んである。ブラウザの印刷機能でそのまま出力できる。
一言でいうと
実証実験で成り立っていたことの多くは、毎日続ける運行では成り立たない。人員、保守、部品、保険、稼働率、収支、そして補助金の終わり。
実証が失敗したから商用にならないのではない。実証は、続けることを前提に設計されていない。導入を検討し始めた最初に読んでほしいページである。
何を解決するために作ったか
実証実験の報告書は、たいてい成功している。走行は完了し、乗客は乗り、アンケートの満足度は高い。その報告書を読んで次の段階へ進む判断をするのは自然である。
ところが実証と商用の間には、技術の連続性はあっても、事業としての連続性がない。実証は期限があるから成立する。期限があるから、保証期間内に収まり、部品は在庫で足り、技術者が常駐でき、天候の良い日を選べる。期限を外すと、この4つがすべて崩れる。
このページは、その崩れる場所を先に一覧にしたものである。実証を否定するために作ったのではない。実証の次に何を用意すべきかを、実証を始める前に知るためである。
日本の実例:保証・保守期間の満了で運休した
国内で最初にレベル4の車両内無人・有料サービスを開始した路線が、現在運休している
福井県永平寺町では、2023年5月に国内で初めてレベル4(車両内無人)の有料旅客サービスが開始された。経緯は次のとおりである。
- 2023年3月30日:道路運送車両法に基づき、国内で初めてレベル4の自動運行装置として認可された。
- 2023年4月1日:改正道路交通法による特定自動運行の許可制度が施行された。
- 2023年5月11日:福井県公安委員会が、国内初の特定自動運行の許可を出した。
- 2023年5月21日:荒谷停留所から志比停留所の区間で運行が開始された。料金は大人100円、中学生以下50円。運行主体はまちづくり株式会社ZENコネクト。
- 2026年4月1日以降:永平寺町の公表によれば、自動運転車両の保証・保守期間が令和8年3月末で満了したため、当面の間運休となっている。
この経緯には、技術的な失敗が一つも含まれていない。認可も許可も取得し、有料の旅客サービスとして約3年間運行した。それでも運行は止まっている。止まった理由は、車両の保証・保守期間という契約上の期限である。
この事例が示しているのは、「レベル4の許可を取得して有料運行を開始する」ことと、「10年続ける」ことの間に、別の設計が必要だという事実である。前者は技術と法令の問題であり、後者は保守・部品・予算の問題である。
したがって、検討の最初に確認すべきことは技術の性能ではない。保証期間が終わったあと、何が起きるかである。この確認は質問リストのフェーズ3に入れてある。
実証で成立し、商用で成立しなくなる項目
下の表は、実証と商用で条件が変わる項目を並べたものである。右端の列は、その項目をいつ確認すべきかを示している。「契約する前」と書かれた項目は、契約後には変えられない。
| 項目 | 実証実験では | 商用運行では | 確認する時期 |
|---|---|---|---|
| 人員体制 | 期間限定で、開発側の技術者が現場に常駐することが多い。トラブルはその場で解決される。 | 常駐は続かない。運行主体側の人員で対応する体制が必要になる。遠隔監視者、現場対応者、整備担当、それぞれの交代人数が必要である。 | 仕様書を作る前 |
| 車両の保証と保守 | 車両の保証期間内に収まる。保守は導入時の契約に含まれている。 | 保証期間が満了する。満了後の保守契約の有無と費用が、運行を続けられるかを決める。 | 契約する前 |
| 部品供給 | 期間が短く、在庫で足りる。予備品も開発側が持っている。 | センサ・計算機・駆動系・バッテリのいずれか1点が入手できないだけで運行が止まる。台数が少ないため、部品は汎用品でないことが多い。 | 契約する前 |
| ソフトウェア更新 | 開発側が随時更新する。更新の記録は開発側にある。 | 更新の責任者、承認手順、提供期間、更新に伴う再確認の範囲を、運行主体が管理する必要がある。ISO 24089 がこの分野の規格である。 | 仕様書を作る前 |
| 保険 | 実証事業として、期間限定の保険で足りる。 | 通年の保険が必要になる。自動運転に起因する事故を対象に含むか、ソフトウェアの欠陥に起因する場合をどう扱うか、免責と上限を確認する必要がある。 | 契約する前 |
| 稼働率 | 晴れた日を選べる。運休しても実証の成果には影響しにくい。 | 運休は収入の減少とサービスへの信頼低下に直結する。天候・整備・部品待ち・人員不足による運休が積み上がる。 | 仕様書を作る前 |
| 収支 | 補助金と実証予算で賄われる。運賃収入は成果指標ではない。 | 運賃収入、人件費、電力費、保守費、保険料、車両の減価償却が毎年発生する。補助が終わったあとの収支を先に作る必要がある。 | 検討初期 |
| 補助金 | 補助率と上限額の範囲で計画できる。自己負担は限定的である。 | 補助率と上限額は年度ごとに変わる。日本の場合、対象は2026年度(令和8年度)の自動運転社会実装推進事業である。重点支援が4/5・上限4億円、一般支援が4/5・上限2億円、省人化支援が2/5・上限0.2億円。残りは運行主体の負担であり、自立的な収支計画が求められる。 | 検討初期 |
| 経路とODD | 限られた区間で成立させればよい。難所は経路から外せる。 | 利用者の需要は経路の外にある。経路を延ばすたびにODDの見直しと再申請が必要になる。 | 仕様書を作る前 |
| 住民と関係機関 | 期間限定の取り組みとして受け入れられやすい。 | 日常の交通の一部になる。渋滞、停止、遅延に対する苦情が継続的に発生する。消防・警察との事前調整と手順の共有が必要である。 | 仕様書を作る前 |
| 運転者・乗務員 | 開発側が訓練済みの人員を用意する。 | 採用・訓練・資格維持・交代を運行主体が回す。離職があれば訓練をやり直す。訓練教材と手順書が自前で必要になる。 | 仕様書を作る前 |
| データと記録 | 開発側がデータを保有し、解析する。 | 事故が起きたときに必要な記録を、運行主体が取り出せる状態にしておく必要がある。所有権・保存期間・開示条件を契約で決めておく。 | 契約する前 |
| 事業者の継続性 | 期間中に事業者が撤退することは想定しない。 | 撤退・買収・事業縮小が起こりうる。そのときに車両・保守・技術情報がどうなるかを、契約に書いておく必要がある。 | 契約する前 |
「他の自治体でも導入済み」を確認する手順
先行事例があることは、判断の根拠として弱い。確認すべきなのは、先行事例が今どうなっているかである。次の4つを順に確認する。
- 今も運行しているか。運行しているなら、開始から何年経っているか。
- 止まった事例はあるか。止まったなら、その理由は何か。技術か、予算か、保守か、人員か。
- 補助金は続いているか。補助が終わったあとも運行している事例はあるか。
- 運行主体は誰か。自治体の直営か、別法人か。別法人なら、その法人の収支はどうなっているか。
2番目が最も参考になる。止まった理由は、次に自分たちが直面する問題である。止まった事例を教えてくれないベンダーより、止まった理由を説明できるベンダーのほうが信頼できる。
商用として続いている事例の条件
公表情報から確認できる範囲で、商用運行が数年単位で継続している事例には共通点がある。ただしこれは日本の自治体の条件と大きく異なる点も多い。そのまま参考にできるとは限らない。
| 条件 | 継続している事例の状況 | 日本の自治体の一般的な状況 |
|---|---|---|
| 運行主体 | 技術を開発した事業者自身が運行する。カリフォルニア州で無人の有料旅客サービスの許可を持つのは、2026年7月時点で技術開発側の事業者である | 技術は購入し、運行は自治体または地元法人が担う。開発側と運行側が分かれている |
| 台数 | 数百台から数千台の規模。Pony.aiは2026年5月時点で1,700台超、WeRideはRobotaxi約1,300台と公表している | 1台から数台。部品・保守・人員のいずれも規模の経済が働かない |
| 運行密度 | 1台が1日に何十回も運行する。固定費が回数で薄まる | 1日の運行回数が限られる。固定費が回数で薄まらない |
| 収入源 | 運賃収入。Baiduは2026年第1四半期に完全無人で320万回の運行を公表している | 運賃収入は限定的で、補助金が前提になる |
| 開始の経緯 | 段階的に許可を拡大している。カリフォルニア州では2022年11月に無人サービスが承認されたが無料限定であり、有料の無人サービスが承認されたのは2023年8月である | 実証事業から商用へ、比較的短い期間で移行することが期待されやすい |
最後の行が重要である。カリフォルニア州の事例では、無人での運行が承認されてから、有料で運行できるまでに9か月かかっている。技術が動くことと、対価を受け取って運行できることの間には、制度上の段差がある。
決着していない論点:小規模・低密度の運行は事業として成立するのか
継続している商用事例は、いずれも人口密度が高い都市での、比較的多い台数による運行である。人口の少ない地域で、少ない台数で、自動運転の旅客サービスが補助なしに成立した事例を、2026年7月時点で公表情報の中に確認できなかった。
これは「成立しない」という結論ではない。成立した事例を確認できていないという意味である。もし成立の見通しを説明されたなら、その根拠となる数字(1日の運行回数、1回あたりの収入、固定費の内訳、必要な人員数)を尋ねる価値がある。
なお中国でも、規模の拡大と規制の引き締めが同時に起きている。2026年3月31日に武漢でロボタクシーの多数が路上で一斉に停止する事象が起き、4月下旬に新規の許可発給が停止されたと報じられている。ただしこの措置の根拠となる政府の公表文書は確認できておらず、匿名情報源に基づく報道のみである。拡大の数字だけを見ても、引き締めだけを見ても、実態を誤って捉えることになる。
検討の最初にやること
技術の選定より前に、次の3つを紙に書くことを勧める。ベンダーに聞く前に、自分たちで書く。
- 補助が終わった年の収支。運賃収入、人件費、保守費、保険料、電力費、減価償却を並べて、差額を出す。差額を誰が負担するのかを決める。
- 10年目の車両。その年に車両は動いているか。保守を受けられるか。受けられないなら、いつ入れ替えるか。その費用はどこから出るか。
- 止めるときの条件。どうなったら運行を止めるのかを、始める前に決めておく。止める判断を先に決めておかないと、止められなくなる。
3番目は書きにくい。しかし永平寺町の事例が示しているのは、運行の終わりは、技術ではなく契約の期限によって訪れるということである。終わりの条件を先に決めておけば、それは失敗ではなく計画になる。
出典
一次情報を優先している。「区分」は、その資料が発行機関自身の公表物(一次)か、第三者による索引・複製(ミラー)か、解説(二次)かを示す。リンク切れに備え、発行者・文書名・日付を本文でも残している。
- 福井県永平寺町自動運転車の運行について(レベル4・車両内無人。大人100円/中学生以下50円。運行主体はまちづくり株式会社ZENコネクト。車両の保証・保守期間が令和8年3月末で満了し、4月1日以降は当面運休)https://www.town.eiheiji.lg.jp/
- 経済産業省レベル4自動運転移動サービスの実現(道路運送車両法に基づく国内初のレベル4自動運行装置の認可=2023年3月30日、国内初の特定自動運行許可=2023年5月11日 福井県公安委員会)https://www.meti.go.jp/press/2023/05/20230512002/20230512002.html
- 警察庁特定自動運行の許可制度(改正道路交通法・令和4年法律第32号。許可権者は都道府県公安委員会)https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/selfdriving/index.html
- 国土交通省地域公共交通確保維持改善事業費補助金(自動運転社会実装推進事業)事業概要(重点支援 4/5・上限4億円/一般支援 4/5・上限2億円/省人化支援 2/5・上限0.2億円)https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001976722.pdf
- California Public Utilities Commission(CPUC)Resolution TL-19144(Waymo・Cruiseに対する無人・有料旅客サービスの承認)https://docs.cpuc.ca.gov/PublishedDocs/Published/G000/M515/K587/515587866.PDF
- California Public Utilities Commission(CPUC)Autonomous Vehicle Programs — AV Program Permits Issuedhttps://www.cpuc.ca.gov/regulatory-services/licensing/transportation-licensing-and-analysis-branch/autonomous-vehicle-programs
- 武漢市人民政府武漢経済技術開発区による全無人・有料の商業運営許可(軍山新城 13km²・5台。「车内无人的自动驾驶付费出行服务」)http://www.wuhan.gov.cn/
- Caixin GlobalChina Robotaxi Firms Expand Fleets Despite Regulatory Pausehttps://www.caixinglobal.com/2026-05-28/china-robotaxi-firms-expand-fleets-despite-regulatory-pause-102448697.html
- 英国運輸省(Department for Transport)自動旅客サービス(APS)許可の申請受付開始の発表https://www.gov.uk/government/organisations/department-for-transport
- California Department of Motor VehiclesAutonomous Vehicle Testing Permit Holders / Deployment Permit Holdershttps://www.dmv.ca.gov/portal/vehicle-industry-services/autonomous-vehicles/
- 国際標準化機構(ISO)ISO 24089:2023 + Amd 1:2024 Road vehicles — Software update engineeringhttps://www.iso.org/standard/77796.html
- Baidu, Inc.(企業公式IR)Baidu Announces First Quarter 2026 Results(Apollo Go の運行回数・都市数・累計走行距離)https://ir.baidu.com/news-releases/news-release-details/baidu-announces-first-quarter-2026-results
最終更新日:2026年7月30日。このページの記述は同日時点で確認したものである。
