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HD地図

車線と標識の位置をあらかじめ精密に測って渡しておく。現実が変われば、地図は自信を持って間違える。

一言でいうと

車線の位置や標識の場所を、あらかじめ精密に測って車に渡しておく地図である。周囲を先に教えておけば、その場で判断する仕事が減る。

ただし現実の道路は工事や変更で変わり続ける。地図を更新し続ける費用が発生する

何を解決するために生まれたか

センサには射程がある。カーブの先、丘の向こう、大型車の陰は見えない。区画線が消えかけていれば、車線の位置も分からない。

そこで、見る前から知っておく。道路の構造、信号と車線の対応、勾配。これらを事前に測っておけば、走行時に解くべき問題が減る。センサの射程と悪条件下の性能の不足を、事前情報で補うのがこの設計である。

仕組み

査読サーベイは、HD地図が持つ情報を5層に整理している。

表:HD地図の5層構造(査読サーベイ、2024年による整理)。
内容
位相交差点をノード、区間をエッジとする道路網
幾何道路形状、車線、歩道、地形のベクタデータ
意味車線境界、横断歩道、信号、速度制限などの交通に関わる対象
動的交通状況、工事区間、障害物のリアルタイム更新
特徴場所の認識と測位のための手がかり

作り方は、計測車両で走って点群を取得し、そこから地物を起こす。日本のダイナミックマップ基盤株式会社は、移動計測システムで計測すると記載している。搭載するのはGPS・カメラ・レーザスキャナ・IMUである。得られた点群データから地物を生成する。

記録するのは実在する地物だけではない。同社は、信号や停止線のような現実に存在する地物と、車線中心線のように車両制御に必須の仮想的な地物の両方を対象とすると説明している。

交換の形式としては、ASAM の OpenDRIVE が業界標準として使われている。同社は自社データを OpenDRIVE 形式を含む20形式で提供すると記載している。

できること/できないこと

できること

  • センサが見る前に、道路構造・信号と車線の対応・勾配を知る
  • 区画線が不明瞭な場所での冗長性を確保する
  • 走行時に解くべき問題を減らし、計算資源を他に回す
  • 経路の設計と、走れる範囲の説明を事前に行う

できないこと

  • 現実が変わったことに、地図だけで気づくこと
  • 整備されていない道を走ること
  • 更新の遅れを、車両側の性能で埋め合わせること
  • 地図の情報に不確かさを伴わせること。地図は自信を持って情報を出す

トレードオフ

地図は、現実が変わった瞬間に「自信を持って間違った情報」に変わる

センサ由来の情報には不確かさが伴う。だから下流でその不確かさを扱える。地図はそうではない。誤った地図は、誤っていることを示さずに情報を提供する。この点で、扱いはセンサの誤りより難しい。

もうひとつの代償は、運用範囲の制約である。整備済み路線の外には出られない。範囲を広げるには、その分の計測と整備が要る。

実際に使われている例

整備状況について、ダイナミックマップ基盤株式会社は現行の製品ページで次を公表している。国内33,000km、北米1,500,000km、欧州255,000km、韓国20,000km。26か国以上をカバーし、中東へ拡大中としている。

公表されている数値に不一致がある

同社は2021年4月7日、高速道路から一般道路へ整備路線を拡張する計画を公表している。掲げられていたのは2023年度に約80,000km、2024年度に約130,000kmである(いずれも往復延長)。

現行の製品ページの国内33,000kmとは桁が合わない。基準の違い(往復延長か片側延長か)なのか、計画が実績どおりに進まなかったのか、対象範囲の定義が変わったのかは、公表資料からは判別できない

カバレッジの数値を引用する場合、この不一致を確認せずに使うべきではない。

更新のコストと頻度については、数値がほとんど公表されていない。査読サーベイにも、km あたり費用・計測車両費用・更新頻度の記載はない。別の査読論文は、専門的なデータ収集が専門の測量車両群を要して非常に高価であること、収集と製作の全体に長い時間がかかることを述べるにとどまる。

同論文は、地図が現実と食い違う典型例を挙げている。車線境界の引き直しと、路面への矢印の追加である。またクラウドソースによる変化検知の性能について、路上車両では良好だが停止線の検知は成績が悪いと明記している。

「センチメートル級」が何を指すのかは、会社によって違う

ある企業は「cm級の絶対精度」と記載するが、具体的な数値(何cm、何パーセンタイル、絶対精度か相対精度か)は公表資料で確認できなかった。

別の企業は、これと逆の立場を明示している。「グローバル座標での過剰に規定された幾何精度」に依存する手法と対比し、「重要な場所での局所精度」を重視すると述べている。

つまり両社が「精度」で指しているものが同じとは限らない。数値を比べる前に、定義を確認する必要がある。

安全保証の観点

地図に依存する設計の安全論証では、地図が誤っている場合を危険として扱えているかが問われる。ISO 21448(SOTIF)の範囲にあたる。故障していないのに、前提が現実と食い違うことで危険が生じる。

実務上の要点は、地図と現実の食い違いを誰がどうやって検知するかである。車が自動検知するのか、人の報告に依存するのか。検知したときに、その路線の運行を止める判断を誰が下すのか。ここが決まっていない設計は、更新の遅れをそのまま運行のリスクに変える。

発注・検討するときの確認点

  1. 「「センチメートル級」とは何cmですか。絶対精度ですか、車線内の相対精度ですか。何パーセンタイルで測った値ですか」

    なぜこれを聞くのか
    企業によって「精度」が指すものが違う。定義を確認しないと比較できない。
  2. 「導入予定路線が地図の整備対象に入っていますか。工事や区画線の引き直しが起きてから地図に反映されるまで、何日かかりますか」

    なぜこれを聞くのか
    反映までの日数を契約上の数値として出せるかを問う。出せない場合、その間の車両の挙動を確認する。
  3. 「地図と現実が食い違ったことを、誰がどうやって気づきますか。検知した場合、運行を止める判断は誰が下しますか」

    なぜこれを聞くのか
    変化検知の性能は対象によって大きく差がある。停止線の検知成績が悪いという査読報告がある。

混同されやすい用語

表:このページで扱った語と、混同されやすい語。詳しい定義は用語集にある。
この語別のこの語違い
HD地図ナビ地図HD地図は車線・標識の位置を精密に持つ。ナビ地図は道路のつながりを持つ。「地図がいらない」と言うときどちらの話かで意味が変わる
絶対精度局所精度前者はグローバル座標での正確さ、後者は走行車線内での正確さ。企業によって重視する側が違う
地図の整備地図の更新整備は最初に作ること、更新は変化に追随すること。費用の構造が違う

出典

一次情報を優先している。「区分」は、その資料が発行機関自身の公表物(一次)か、第三者による索引・複製(ミラー)か、解説(二次)かを示す。リンク切れに備え、発行者・文書名・日付を本文でも残している。

  1. Asrat, K. T. & Cho, H.-J./ISPRS International Journal of Geo-Information 13(7):232(査読誌)A comprehensive survey on high-definition map generation and maintenance(HD地図を位相・幾何・意味・動的・特徴の5層に整理)2024年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.mdpi.com/2220-9964/13/7/232
  2. Zhang, P. ほか/Sensors 21(7):2477(査読誌)Real-Time HD Map Change Detection for Crowdsourcing Update Based on Mid-to-High-End Sensors(専門計測車両による更新は高価で時間がかかると指摘。停止線の検知成績が悪いことを明記)2021年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.mdpi.com/1424-8220/21/7/2477
  3. ダイナミックマップ基盤株式会社自動運転向けデータ(高精度3次元地図。国内33,000km・北米1,500,000km・欧州255,000km・韓国20,000km。MMSで計測しcm級の絶対精度と記載)参照日 2026年7月30日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.dynamic-maps.co.jp/service/hdmap/
  4. ASAM e.V.ASAM OpenDRIVE(道路網記述の交換フォーマット。車線・路面標示・信号等の幾何を記述)参照日 2026年7月30日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.asam.net/standards/detail/opendrive/
  5. Mobileye(企業公式)REM(Road Experience Management)。地図作成を人間の運転の副産物にする方式。1台1kmあたり約10kB、北米で1台年間約200MB参照日 2026年7月30日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.mobileye.com/technology/rem/
  6. 国際標準化機構(ISO)ISO 21448:2022 Road vehicles — Safety of the intended functionality(SOTIF)2022年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/77490.html
  7. Cadena, C. ほか/IEEE Transactions on Robotics 32(6):1309–1332(査読誌)Past, Present, and Future of Simultaneous Localization and Mapping: Toward the Robust-Perception Age(地図の長期維持を未探究の課題と位置づけ、外れ値1つで推定が劣化する脆さを指摘)2016年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://arxiv.org/abs/1606.05830

最終更新日:2026年7月30日。このページの記述は同日時点で確認したものである。

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