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マップレス

「地図がいらない」と言うとき、何がいらないのかは会社によって違う。4つに分けて確認する。

一言でいうと

精密な地図を用意せずに走ろうという設計である。人間が初めての道でも運転できるのと同じ考え方をとる。

ただし「地図がいらない」と言うとき、何がいらないのかは会社によって違う。カーナビ程度の地図や、事前の経路走行は必要な場合がある。

何を解決するために生まれたか

高精度地図には2つの負担がある。整備の費用と、更新の継続である。工事や区画線の引き直しで現実が変われば、地図は誤りになる。しかも誤った地図は、誤っていることを示さずに情報を出す。

もうひとつの制約が運用範囲である。整備済み路線の外には出られない。範囲を広げたい事業にとって、これは決定的な制約になる。

この2つを外そうとしたのが、この設計である。

仕組み

経路教示、HD地図、クラウドソース地図、マップレスを左から右に並べ、事前情報の多さと少なさを対比した比較図経路教示1本の線だけを事前に教えるHD地図車線・標識を数cm精度で持つクラウドソース地図走行車両が軽量な地図を作るマップレス高精度地図を用意しない事前情報が多い現地の作業と更新が要る事前情報が少ないその場のセンサに頼る「地図がいらない」と言うとき、この軸のどこにいるのかを確認する。
図:地図への依存度は、あるかないかの二択ではなく連続している。左へ行くほど事前の作業と更新の負担が増え、右へ行くほど走行時のセンサへの依存が増える。

重要なのは、この軸があるかないかの二択ではないことである。公表資料で確認できる範囲を並べる。企業の優劣は判定しない。公表されている表現の違いを示す。

表:マップレスを標榜する各社の公表内容(2026年7月30日時点)。空欄は「当該ページに記載がなく確認できない」ことを示す。
企業高精度地図ナビ地図事前走行公表資料の表現
Imagry不要と明言確認できない確認できない測位における衛星測位とコンパスへの依存については、排除することを「目指す」と記載。「排除済み」とは書かれていない
Wayve不要と明言確認できない事前経験がほとんど、または全くない都市へ展開と主張カメラとレーダの入力を単一のニューラルネットワークで運転出力に変換すると記載
XPeng制約から解放されたと主張使う(明言)2,595都市以上で試験済と記載「ナビゲーションが可能な場所ならどこでも」と記載。ナビ地図を前提としていることを同社自身が示している
Mobileye(REM)軽量地図をクラウドソースで作る中間方式他車が走った実績が必要地図作成を人間の運転の副産物にすると説明。1台1kmあたり約10kB、北米で1台年間約200MB

最後の行の方式は、地図の更新頻度をクラウドソースで上げることで両者の中間を取る設計である。ただしその前提として、他車がすでにそこを走っていることを必要とする。すなわち「事前走行が不要」ではなく「自分が事前走行する必要がない」という主張である。

できること/できないこと

できること

  • 地図の陳腐化という問題を、構造的に持たない
  • 整備済み路線に縛られない
  • 地図の整備費用と更新費用を負担しない
  • 現実の変化にその場で追随する

できないこと

  • 事前情報という冗長性を持つこと。センサが見えなければ、補う材料がない
  • 「地図がいらない」の中身を、業界共通の定義で示すこと
  • 第三者による独立した検証データを示すこと(2026年7月時点で確認できない)
  • 導入地で初回から想定性能が出ることを保証すること(企業により前提が違う)

トレードオフ

この方式が解決するのは、地図の陳腐化と、整備済み路線に縛られる制約である。代わりに引き受けるのは、事前情報という冗長性の放棄である。

高精度地図に依存する設計では「センサが見えなくても地図が知っている」が成立する。マップレスでは成立しない。霧・逆光・積雪・区画線の消失といった、センサが見えない条件で何が起きるかが、そのまま設計上の弱点になる。

したがって確認すべきことは「見えていないことをシステム自身が検知して縮退するか」である。見えないまま走り続ける経路が設計上排除されているかを問う。

実際に使われている例

各社が公道試験や実証運行を行っていることは公表資料で確認できる。ただしマップレス方式の測位精度や介入率について、第三者が独立に検証したデータは確認できなかった

また、ある企業のカメラのみ・マップレス方式について、2026年7月時点で量産採用を示す公表資料は確認できない。公式サイトを含め、量産プログラム・量産台数・量産受注したメーカー名の記載はない。公表されているのは実証運行とパートナーシップである。

安全保証の観点

この方式の安全論証では、センサが機能しない条件をどこまで列挙し、それぞれで何をするかを示せているかが問われる。事前情報がない以上、センサの限界がそのままシステムの限界になる。

ISO 21448(SOTIF)の範囲である。故障していないのに、認識の性能限界によって危険が生じる場合を扱う。

発注・検討するときの確認点

  1. 「「地図不要」と言うとき、不要なのは何ですか。高精度地図、ナビ地図、衛星測位、事前走行の4つを分けて、それぞれ使う・使わないを明示してください」

    なぜこれを聞くのか
    ある企業は自ら「ナビゲーションが可能な場所ならどこでも」と述べており、ナビ地図は使う。4つを分けないと確認したことにならない。
  2. 「導入予定地で事前に走行したことがありますか。ない場合、初回走行から想定性能が出ますか。一定の走行実績を積む期間が必要なら、何日・何kmですか」

    なぜこれを聞くのか
    「事前走行が不要」と「自分が事前走行する必要がない」は違う。後者は他車の走行実績を前提とする。
  3. 「霧・逆光・積雪・区画線の消失といった条件で何が起きますか。見えていないことをシステム自身が検知して縮退しますか」

    なぜこれを聞くのか
    事前情報という冗長性がない以上、センサが見えない条件での挙動が設計の中心になる。

混同されやすい用語

表:このページで扱った語と、混同されやすい語。詳しい定義は用語集にある。
この語別のこの語違い
マップレス地図を一切使わない高精度地図が不要でも、ナビ地図や事前の経路走行は必要な場合がある
マップレスSLAMマップレスは事前の高精度地図を持たない設計方針。SLAMは走りながら地図を作り自己位置を推定する手法
クラウドソース地図マップレス前者は軽量な地図を多数の車で作り続ける。地図はある。ただし専用の計測車両を使わない

出典

一次情報を優先している。「区分」は、その資料が発行機関自身の公表物(一次)か、第三者による索引・複製(ミラー)か、解説(二次)かを示す。リンク切れに備え、発行者・文書名・日付を本文でも残している。

  1. Imagry(企業公式)Imagry 公式サイト(カメラのみ・HD地図不要の方式。掲載されているのは実証運行とパートナーシップ)参照日 2026年7月30日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.imagry.co/
  2. Wayve(企業公式)AV2.0 Technology(HD地図とルールベースへの依存を排し、カメラとレーダの入力を単一のニューラルネットワークで運転出力に変換すると記載)参照日 2026年7月30日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://wayve.ai/technology/av2-0/
  3. XPENG(企業公式)Tianji XOS 5.2 OTA/XNGP 全国展開(HD地図の制約から解放されたと主張。2,595都市以上で試験。「ナビゲーションが可能な場所ならどこでも」と記載)2024年7月30日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.xpeng.com/news/0191048fbaf390dede112c9e8ca200c3
  4. Mobileye(企業公式)REM(Road Experience Management)。地図作成を人間の運転の副産物にする方式。1台1kmあたり約10kB、北米で1台年間約200MB参照日 2026年7月30日/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.mobileye.com/technology/rem/
  5. 国際標準化機構(ISO)ISO 21448:2022 Road vehicles — Safety of the intended functionality(SOTIF)2022年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.iso.org/standard/77490.html
  6. Zhang, P. ほか/Sensors 21(7):2477(査読誌)Real-Time HD Map Change Detection for Crowdsourcing Update Based on Mid-to-High-End Sensors(専門計測車両による更新は高価で時間がかかると指摘。停止線の検知成績が悪いことを明記)2021年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://www.mdpi.com/1424-8220/21/7/2477
  7. Cadena, C. ほか/IEEE Transactions on Robotics 32(6):1309–1332(査読誌)Past, Present, and Future of Simultaneous Localization and Mapping: Toward the Robust-Perception Age(地図の長期維持を未探究の課題と位置づけ、外れ値1つで推定が劣化する脆さを指摘)2016年/区分:一次/参照日 2026年7月30日https://arxiv.org/abs/1606.05830

最終更新日:2026年7月30日。このページの記述は同日時点で確認したものである。

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