一言でいうと
車内に人が乗っていないことと、誰も見ていないことは違う。多くの運行では、離れた場所にいる監視者が複数台を同時に見ている。
監視者1人が何台を見るのかは、運行費用の前提を左右する数字である。
何を解決するために生まれたか
自動運転システムは、対応できない状況に必ず出会う。工事、事故現場、警察官の手信号、想定外の障害物。このとき誰かが判断する必要がある。
車内に人を置けば費用は変わらない。そこで離れた場所に置き、1人で複数台を見る。この「複数台」が成立するかどうかが、事業として成り立つかどうかを決める。
仕組み
権限の段階によって、必要な通信の条件がまったく違う。業界団体が公表している要求値を示す。
| 種類 | 想定速度 | 端末間の遅延 | 上り帯域 |
|---|---|---|---|
| 遠隔で運転する | 50km/h | 約120ms | 映像 最大32Mbps、物体情報 最大4Mbps |
| 間接的に制御する | 10km/h | 約300ms | 走行経路・軌跡 約25kb/s |
同団体の文書は、通信が途絶した場合についても定めている。「車両は遠隔運転システムの不調を検知し、遠隔運転の系統を無効化して最小リスク状態を達成できなければならない」という要求である。
できること/できないこと
できること
- 対応できない状況で、人が判断を補う
- 1人で複数台を見ることで、車内に人を置くより費用を下げる
- 運行の状況を集中的に把握し、記録する
- 権限を段階的に設計し、必要な通信条件を分ける
できないこと
- 通信の遅延をなくすこと。遠隔運転では映像の遅延がそのまま危険になる
- 1人あたり台数を、権限の段階を無視して比較すること
- 監視者が同時に2台以上の異常に対応すること(体制を設計していなければ)
- 停止した車を、現場に人が行かずに動かすこと(設計に含めていなければ)
トレードオフ
この仕組みは、人件費を下げる代わりに、通信への依存を引き受ける。
1人あたりの台数を増やすほど費用は下がるが、同時に複数台で異常が起きたときに対応できなくなる。この上限をどこに置くかが、運行の設計の中心になる。
「1人あたり台数」は、権限の段階が違えば比較できない
公表資料で確認できる数値を並べる。ただし前提がまったく違う。
- 中国:1人3台が下限(法定)。交通運輸部の指針が「遠隔安全員の人車比は1:3を下回ってはならない」と規定している。
- 日本・福井県永平寺町:1人3台。遠隔監視1名が最大3台を担当。現地にも2名を配置。
- 米国のある事業者:約70名で3,000台超。ただし同社は「遠隔運転は使用していない」と明言している。遠隔支援は、自動運転システムから要求されたときに助言のみを提供するものだという。車両の制御を取ったり、リアルタイムの運転判断を行ったりはしないと説明している。
最後の数値だけを取り出して「1人あたり40台以上」と比べるのは誤りである。権限の段階が違う。助言のみの体制と、遠隔で運転する体制では、必要な人数の意味が違う。
実際に使われている例
法令で1人あたり台数の上限を定めているのは、確認できた範囲では中国のみである。
| 国・地域 | 1人あたり台数の規定 | その他の規定 |
|---|---|---|
| 中国 | 1:3を下回ってはならない(交通運輸部の指針、2023年12月5日) | 運行状態情報の実時間伝送、事故発生前少なくとも90秒の記録保持 |
| 米国 California | 規定なし | 遠隔オペレーターの定義あり。改正規則案では冗長な通信網、通信の喪失・劣化時の対応計画、応答時間30秒以内を要求 |
| 日本 | 規定を確認できない | 遠隔監視装置の設置と、遠隔監視を行う者の配置を規定 |
企業側の開示も限定的である。米国上院議員の調査に対し、調査対象7社すべてが遠隔支援者の介入頻度の開示を拒否したと報告されている。同報告は、自動運転車と遠隔支援者の間の遅延が企業間でばらついており、各社が独自に遅延の閾値を判断していることを示すとも指摘している。
安全保証の観点
日本の「自動運転車の安全技術ガイドライン」は、無人自動運転移動サービスに2つの要件を課している。運行管理センターから車室内の状況を監視できるカメラと音声通信設備の設置。そして非常停止時に運行管理センターへ自動通報する機能である。
ただし通信途絶時の車両の挙動そのものを明示した規定は、同ガイドラインには見当たらない。カリフォルニア州の改正規則案が通信リンクの喪失・劣化時の対応計画を必須化していることと対比される。
初動対応者との関係も、この層の論点である。米国の州規則は、無人車両の試験許可の申請に法執行機関対応計画の提出を義務づけている。要求されるのは8項目で、遠隔オペレーターとの連絡方法、車両を安全に道路から移動させる方法、ODDの記述などが含まれる。
日本には、これに相当する「消防・警察が自動運転車に遭遇したときの対応手順」を定めた公開文書が見つからなかった。消防庁の次世代自動車に関する活動要領は、対象がハイブリッド車・電気自動車・燃料電池車等であり、自動運転車に関する記述を含んでいない。
2026年7月8日には、米国の規制当局が自動運転システムの開発企業に宛てた書簡を発出している。複数確認されたとされる事例は次のとおりである。
- 自動運転車が活動中の緊急現場に直接進入した
- 救急車の進路を塞いだ
- 点滅灯のような基本的な安全状況を認識・対応できなかった
そのうえで、初動対応者との相互作用を最優先事項とするよう求めている。
発注・検討するときの確認点
「遠隔監視者1人が同時に担当する車両台数の上限と、その値を決めた根拠を示してください。同時に2台以上が異常停止した場合の対応手順と、その状況の発生実績も開示してください」
- なぜこれを聞くのか
- 日本には法定の上限がない。中国の1:3が唯一の公的な基準値である。
「遠隔監視の権限区分(監視のみ/停止指示/遠隔運転)を明示してください。各区分について必要な上り帯域・許容遅延・信頼性の設計値と、実運用地での実測分布を提出してください」
- なぜこれを聞くのか
- 業界団体の要求値では、遠隔運転が約120ms、間接制御が約300msとされている。比較の基準に使える。
「通信が完全に途絶した場合、車両は何秒後にどう振る舞いますか。過去12か月の通信途絶の発生回数と継続時間の分布を開示してください」
- なぜこれを聞くのか
- カリフォルニア州の改正規則案は、通信リンクの喪失・劣化時の対応計画を必須化している。
混同されやすい用語
| この語 | 別のこの語 | 違い |
|---|---|---|
| 無人運行 | 遠隔監視なし | 前者は車内が無人であることしか意味しない。遠隔で見ているかどうかは別の話 |
| 遠隔支援 | 遠隔運転 | 前者は助言を提供する。後者は車両の制御を取る。必要な通信条件も人員も違う |
| 1人あたり台数 | 比較できる数字 | 権限の段階が違えば意味が違う。助言のみの体制と遠隔運転の体制を並べて比べることはできない |
出典
一次情報を優先している。「区分」は、その資料が発行機関自身の公表物(一次)か、第三者による索引・複製(ミラー)か、解説(二次)かを示す。リンク切れに備え、発行者・文書名・日付を本文でも残している。
- 中華人民共和国交通運輸部自动驾驶汽车运输安全服务指南(试行)交办运〔2023〕66号。第六条で遠隔安全員の人車比は1:3を下回ってはならないと規定https://xxgk.mot.gov.cn/2020/jigou/ysfws/202312/t20231205_3962490.html
- RoAD to the L4(経済産業省・国土交通省)【福井県永平寺町】遠隔監視のみ(レベル4)自動運転サービス(車両ヤマハAR-07・定員7名・最高12km/h以下、電磁誘導線とRFID、遠隔監視1名が最大3台、運行47日・延べ1,700km・乗客1,168名)https://www.road-to-the-l4.go.jp/activity/theme01/pdf/20240228_theme01.pdf
- Waymo(企業公式・上院議員への回答書)Sen. Markey RA Letter Waymo Response(遠隔支援エージェントは常時約70名で3,000台以上・週400万マイル超を支える。遠隔運転は使用していないと明言)https://assets.ctfassets.net/7ijaobx36mtm/7E5uOzS5F7Z1yuFoz27BIc/680a27f89a3aae48977db655a5f45005/Sen._Markey_RA_Letter_Waymo__Response.pdf
- 米国上院議員 Ed MarkeyRemote Assistance Investigation Report(調査対象7社すべてが遠隔支援者の介入頻度の開示を拒否。Teslaは遠隔で車両の制御を取り最大時速10マイルで運転できると回答)https://www.markey.senate.gov/imo/media/doc/remote_assistance_investigation_report.pdf
- 5GAA(5G Automotive Association)Tele-operated Driving Use Cases, System Architecture and Business Considerations(遠隔運転はE2E遅延約120ms・上り最大32Mbps、間接制御は約300ms)https://5gaa.org/content/uploads/2021/12/5GAA_Tele_operated_Driving_White_Paper.pdf
- 国土交通省自動車局自動運転車の安全技術ガイドライン(ミニマル・リスク・マヌーバーの設定、無人自動運転移動サービスにおける車室内監視カメラと音声通信設備、非常停止時の運行管理センターへの自動通報)https://www.mlit.go.jp/common/001253665.pdf
- California(州規則)/Cornell LIICal. Code Regs. Tit. 13, §227.38(無人試験許可の申請に法執行機関対応計画の提出を義務づけ、遠隔オペレーターとの連絡方法・車両の安全な移動方法・ODDの記述など8項目を要求)https://www.law.cornell.edu/regulations/california/13-CCR-227.38
- California Department of Motor VehiclesAutonomous Vehicles Rulemaking Actions(規則制定ファイル OAL 2025-0415-04、効力発生 2026年4月28日)https://www.dmv.ca.gov/portal/vehicle-industry-services/autonomous-vehicles/autonomous-vehicles-rulemaking/
- Waymo(企業公式)First Responders(緊急対応ガイドと法執行機関対応手順。150以上の機関・35,000人超の初動対応者に対面訓練を実施と記載)https://waymo.com/firstresponders/
- 米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)Letter to ADS Developers(自動運転車が活動中の緊急現場に直接進入した、救急車の進路を塞いだ等の事例が複数確認されたとし、初動対応者との相互作用を最優先事項とするよう要求)https://www.nhtsa.gov/sites/nhtsa.gov/files/2026-07/ADS-developers-letter-july-2026.pdf
- 総務省消防庁次世代自動車事故等における消防機関の活動要領(対象はHV・EV・FCV・NGV・PHV。自動運転車に関する記述は含まれていない)https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/post-68/05/kyuujo_youryou.pdf
- 警察庁特定自動運行の許可制度(改正道路交通法・令和4年法律第32号。許可権者は都道府県公安委員会)https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/selfdriving/index.html
最終更新日:2026年7月30日。このページの記述は同日時点で確認したものである。
